第485号コラム:佐藤 智晶 幹事(青山学院大学 法学部 准教授、東京大学公共政策大学院 特任准教授)
題:「“Connected Industries”というコンセプトが含意するもの―医療の分野から考えてみる」

本コラムでは、“Connected Industries”というコンセプトが含意するものを医療の分野から考えてみたい。“Connected Industries”は、世耕 弘成 経済産業大臣が、2017年3月19日から20日にかけて、ドイツ連邦共和国のハノーバーで開催された「国際情報通信技術見本市(CeBIT2017)」で発表した我が国の産業が目指す姿を示すコンセプトのことである。同年3月20日に公表されたコンセプトペーパーによれば、“Connected Industries”は、様々なつながりにより新たな付加価値が創出される産業社会のことである(経済産業省「コネクテッド・インダストリーズ(日本語)」(2017年3月20日)、 available at http://www.meti.go.jp/press/2016/03/20170320001/20170320001-1.pdf )。そこでは、デジタル化が進展する中、我が国の強みである高い「技術力」や高度な「現場力」を活かした、ソリューション志向の新たな産業社会の構築が目指されている。そして、現場を熟知する知見に裏付けられた臨機応変な課題解決力、継続的なカイゼン活動などが活かせる、人間本位の産業社会を創り上げることが高らかに謳われている。当然ながら、医療分野では製薬や医療機器、再生医療関連製品、医療ITなどのさまざまな産業が健康寿命の延伸やより効果的な医療の提供のために、医療従事者とともに活躍している。

医療の分野における「さまざまなつながり」の価値は、これまで多くの識者が語り尽くした感があり、本コラムで殊更に繰り返すことは控えたい。新しい医学上の発見、医療関連製品や医療技術の開発、より安全で有効な医療提供の実現、さらにはより優れた医療提供体制のもとでより質の高い医療の実現などのために、データシェアリングや協同が極めて重要であることは、欧米ではもちろん日本でもすでに十二分に知られているからである。もちろん、そのためのインセンティブをどのように設計し、どのように具体化していくのかについてはまだ試行錯誤がはじまったばかりである。米国の“21st Century Cures Act”や、欧州の“Creating Digital Single Market”など枚挙に暇がない。

本コラムで言及したいのはただ1つ、「さまざまなつながり」の価値を担保するために、ある種のつながりを回避できる手段やつながりを可視化するプロセスが今まで以上に重要になる、ということである。医療の分野から見ると、「さまざまなつながり」の価値を実現するときに最大の関心事となりうるのは、何らかの「つながり」をもたされる場合の要件と効果、一定の範囲で「つながり」を回避できる手段、そして「さまざまなつながり」を本人が確認できることだろう。「さまざまなつながり」のリスクをできる限り最小化し、ベネフィットをできる限り最大化するための施策は実施されるに違いない。おそらくそれでも残ってしまう問題は、想定されるベネフィットをわかりやすく可視化したり、説明することがそもそも難しい上に、想定されるリスクについて事前に計算しにくいことだ。さまざまなつながりが潜在的に大きなベネフィットを生み出すとして、一定数の多くの方々がつながってみないとその利益は具体化されない。また、想定されるリスクといっても、さまざまなつながりが深化したときにどれほどのリスクが顕在化するかは計算しにくく、事前の説明にも困難がつきまとう。そのような状況において、サービスの提供者と受益者との間で、いわゆるWin-Winの関係を創り出すのは容易ではないはずである。日本国内で公開前の映画(日系の航空機内を除く)になるが、ジェームス・ポンソルト監督の「The Circle」という映画では、「さまざまなつながり」の価値を改めて認識させられると同時に、その陰の部分にもスポットライトが当てられており、大変興味深い。

医療の分野では、さまざまなつながりの潜在的な価値が極めて大きいが故に、さまざまなつながりがいわば当然の前提とされ、それに抗うと適切かつ十分な医療サービスの提供が受けられないか、または、受けにくくなりうるという問題がある。個人情報の第三者提供の場面では、そのことが如実に表れている。確かに、次世代の医療提供にとってデータシェアリングはおそらく必須だろう。そうであれば、データシェアリングが大前提となる新しい世界において、医師をはじめとする医療従事者等の守秘義務や、現行の個人情報保護法が今までよりも機能するような技術的措置などが一層重要になるに違いない。具体的に言えば、さまざまなつながりの同意取得、遺伝性や精神疾患等のセンシティブな医療情報の取り扱いや、本人からの医療情報へのアクセスのあり方などについて、フォレンジック技術の利用も含めて検討する余地があるものと思われる(See, e.g., Riplinger, Lauren Ellis. “21st Century Cures Act: Health IT and HIM Provisions” (AHIMA, December 2016))。

最後に、“Connected Industries”というコンセプトは、医療の分野におけるデータシェアリングというアイディアを内包しているものと考えられるため、次世代の革新的な医療提供の実現にとって極めて重要である。医療の分野において、“Connected Industries”というコンセプトが想定している「人間本位の産業社会」や、「人間中心の考え方」が、今後どのように実現されていくか定かではない。しかしながら、患者にとってのみならず医師をはじめとする医療従事者はもちろん、産業界にとっても国全体にとっても望ましい形で実現されればと願うばかりである。人と機械・システムが協調する新しいデジタル社会の実現には、人と技術の双方に「Trust, but verify」を適用できるような技術が欠かせない。フォレンジック技術はそのうちの1つに過ぎないが、個人情報保護法の全面施行に加えて“Connected Industries”というコンセプトのもとで、医療の分野でも少しずつ広がっていくはずである。

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