第713号コラム:安冨 潔 理事(慶應義塾大学 名誉教授、
渥美坂井法律事務所・外国法共同事業 弁護士)
題:「ウクライナ避難民の受入れに想う」

ロシアによるウクライナに対する軍事侵攻により、ウクライナから避難する多くの人々のことを、一部のメディアや国会議員の中には「ウクライナ難民」という表現を用いて、難民としての保護を推し進めることを主張しています。しかし、ウクライナへの軍事侵攻から逃れて国外に避難した人々は「避難民」であって「難民」という表現を用いるのは、国際法や我が国の出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)に照らせば、正確であるとはいえません。

「難民」については、1951年7月28日の難民および無国籍者の地位に関する国際連合全権委員会議で、難民の人権保障と難民問題解決のための国際協力を効果的にするため採択され1954年4月22日に発効した「難民の地位に関する条約」(以下、「難民条約」という。) 及び1967年10月4日に発効した難民条約を補充するための「難民の地位に関する議定書」 が、難民の定義をしています。

難民条約では、 第1条A(2)において、
(a)人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に、迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有すること
(b)国籍国の外にいる者であること
(c)その国籍国の保護を受けることができない、又はそのような恐怖を有する
ためにその国籍国の保護を受けることを望まない者であることの要件を充足した者を難民(以下、「条約難民」ということがあります。)と定義しています。

そして、難民条約の解釈でも「国際的又は国内的武力紛争の結果として出身国を去ることを余儀なくされた者は、通常は、難民条約又は議定書に基づく難民とは考えられない」とされています(国連難民高等弁務官(UNHCR)駐日事務所『難民認定基準ハンドブック― 難民の地位の認定の基準及び手続に関する手引き(改訂版)』44頁。)したがって、法的には、難民と避難民とは区別されるべきなのです。

我が国では、難民という語は、「戦争・天災などのため困難に陥った人民。特に、戦禍、政治的混乱や迫害を避けて故国や居住地外に出た人」(広辞苑)という意味と辞書にはありますが、デジタル難民、情報難民、ネットカフェ難民、ランチ難民、就職難民、引越し難民、買い物難民などなどさまざまな事情で困った状況にある人々を表すのに難民という言葉が使われています。

たしかに困った状況にいる人を難民という理解にたてば、ウクライナ避難民は難民ということになるでしょう。

しかし、困った状況にいる人をすべて難民と呼ぶことは、国際法である難民条約が対象としている迫害から逃れる人々(条約難民)をいうことにはなりませんし、法的に保護することにはつながりません。

難民条約により保護されるかということと現に危難に遭遇している人々をどのように救うかとは局面が異なります。

いうまでもなく、たとえ「難民」に該当しないとしても、人道危機に際し、ウクライナから逃れてきた人を、人道的な観点から受け入れて避難生活を送る場を提供することは国際社会の責務であり、我が国も国際社会の一員として、その責務を果たすために避難民受入れ政策は極めて重要です。

EUでは、EU理事会(閣僚理事会)が本年3月4日に避難民に対する「一時的保護指令」を発動し、さらに運用ガイドラインを策定し、ビザなしで避難民を受け入れ、難民申請なしに1年の滞在許可証を発行し、在留することを認めることにしました。

我が国では、出入国在留管理庁では、難民条約上の難民に該当するか否かにかかわらず、ウクライナから日本に「短期滞在」の在留資格で入国したウクライナ避難民の方々に(告示外)「特定活動(1年 就労可)」への在留資格の変更を許可することとしています。

しかしながら、ウクライナは我が国にとって査免国(ビザが不要)ではないので、我が国に入国するには短期滞在の査証(ビザ)が必要です。政府は、査証を迅速に審査・発給するとのことですが、現地の領事官での業務はこれまでにない環境にあり、ウクライナから我が国への入国は、なおハードルが高いといえます。

言語、文化、風土の違う我が国でウクライナから避難してきた人々が、本国を離れて安全・安心な生活をすることができるように、政府だけでなく自治体、民間からの多面的に十分な生活支援が必要であるといえます。

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