第348号コラム:石井 徹哉 理事(千葉大学 副学長 大学院専門法務研究科教授)
題:「自動運転走行車が可能となる法と社会」

 先進安全自動車(ASV)、なかでも自動走行システムについては、2020年をめどにその開発、市場化が進められています。すでに市場展開が図られつつあるレベル2の自動走行システム(加速・操舵・制動のうち複数の操作を一度に自動車が行う状態)については、今後はレベル3の自動走行システム(緊急時のみドライバーが対応し、それ以外は加速・操舵・制動をすべて自動車が行う状態)の市場化に向けて、さらなる高度化を目指す開発がなされていくでしょう。これに伴い、自動走行システムの社会的受容を促進するため、制度面の検討も進められることが予想されます。この際、自走走行システムそれ自体のセキュリティ及びその法制度面での裏付けを十分に整備する必要があります。

 自動運転支援システム、自動走行システムが装備されていない自動車であっても、現代の自動車は、その走行にあたり、様々なコンピュータ制御がなされています。例えば、エンジン制御のための電子制御ユニットは、ほとんどすべての車両に登載されているといってよいでしょう。さらには、ステアリング、アンチロックブレーキシステムなどなど。ASVは、このようなECUによる車両制御の領域を拡大するものと理解できます。そして、すでにエンジンに関するECUについては、パワーマネジメントの制御をデフォルト設定から変更し、よりエンジンパワーが出るようにするなどの改変をするためECUのROMを交換するというユーザレベルでの改造がなされています。自動走行システムについても、同様にROMの書き換えによるシステム制御の仕様を変更することが可能でしょう。しかし、これを容易に認めてしまうことは、自動走行システムに対するハッキングを容易にするだけでなく、事故が発生した場合の責任の所在を曖昧にすることになります。したがって、自動走行システムについては、その制御を行うコンピュータシステムへのアクセスを自動車メーカー及びその認証を受けた技術者だけができる仕組みを構築する必要があります。これは、コンピュータセキュリティであり、その際物理的な安全性とシステムの安全性の両面から対策することになります。

 物理的な安全性では、自動運転システムのアクセスが無権限者にできない仕様を策定することが必要でしょう(例えば、ECUも含めあらゆる搭載コンピュータシステムの作業を一般の自動車整備工場ではできないようにすることなど)。これには、装置の開閉を施錠するなどの措置だけでなく、法制度としてそのような要件を規定し、かつアクセス権限のある者だけが作業できる旨の規定も必要になるものと考えられます。

 コンピュータへのアクセスについては、現在のECU制御の仕組み自体を再度検討することも必要になるでしょう。例えば、自動走行システム・自動運転支援システムを搭載していない自動車であっても登載された各種ECUを連携させるためにコントローラ・エリア・ネットワーク(CAN)が具備されています。このような自動車では、車両自己診断(On-board Diagnostics)のためのOBDⅡポートが装備されており、そこからCANを通じてECUにアクセスし、走行状態を診断することができます。ODBⅡポートは、車両整備だけでなく、車両の走行状況を把握する各種装置にも利用され、それを記録することで自動車保険における事故率に反映させることも可能になっています。あるいは、Wi-Fi、Bluetoothを通じてスマフォに情報を表示させることもできます。

 これは、逆に言えば、ODBⅡポートからCANバスをハックすることで、車両コントロールが可能となる可能性を内在していることをも意味します。したがって、システムとして車両の自己診断と自動走行、自動運転に関わるシステムのみならず、各種ECUの制御系を分離しておく仕組みをとることが必要になる気がします。法制度としても、現行の不正アクセス禁止法ではカバーされないため、自動走行システムへの無権限アクセスを規制することを検討することが必要になるでしょう。

 以上は、とりあえず思いつくところをあげたにすぎず、自動走行システムが本格普及する前に当該システムのセキュリティを抜本的に検討し、システム及び法制度の両面からサポートすることをしなければならないでしょう。

 次に実際に事故が生じた場合についても、種々の課題が残されています。これまでは、運転者が自ら自動車を操縦することが前提であったため、事故に関する責任は、運転者の過誤を中心に調査、捜査をすれば足りました。しかし、自動運転システムが本格的に普及することになると、自動運転システムそれ自体を起因とする事故が生じる可能性があります。このような可能性があることは、たんに運転者個人に責任追及をすれば足りるわけではなく、事故原因の調査により必要な対策を講じる必要が生じます。現在、製造物等を起因とする人身事故については、消費者安全法において消費者安全調査委員会による消費者事故等の調査がなされます。

 しかし、自動走行システムの登載された車両による事故についても、消費者安全調査委員会による調査の対象としてよいのかは、慎重に検討すべき事柄のように考えられます。それは、自動走行システムがそれ単体として制度設計がされているわけではなく、ITS(高度道路交通システム)の一部であることによります。例えば、道路に設置された情報発信装置からの情報を受信して自動車の走行が制御されることも想定されています。また、車両間通信によってコンボイを形成して走行する形態も想定されています。自動走行システムは、道路交通システムそのものであるともいえます。このような前提からするならば、消費者安全法が航空機事故、鉄道事故及び船舶事故を調査対象事故から除外しているのと同様、自動走行システムまたはITSに関わる自動車事故についても、調査対象から除外し、運輸安全委員会またはこれに類する専門の調査委員会を設置して事故調査をすることが望ましいように考えられます(運輸安全委員会設置法2条参照)。
                               
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