第629号コラム:守本 正宏 理事(株式会社FRONTEO 代表取締役社長)
コラム題:「感染症パンデミックに対する創薬インテリジェンスの活用について」

現在のコロナ禍において、感染者はもとより、そうでない方たちも、経済か命かという選択に迫られ、深刻な危機に直面しています。人々が安心して経済活動を再開するために、一日も早い対処法の確立が期待されますが、対処法となる治療薬やワクチンの研究・開発というのは大変時間がかかるものです。その成功確率は極めて低く、早期に治療薬を生み出すためには、持続可能な候補化合物をできるだけ多く出し効率的に研究を進めること、また、なるべく早期に感染症パンデミックの予兆を発見し、候補薬の開発を進めておくことが重要だと考えます。

現在、新型コロナウイルスの治療薬やワクチン開発を、世界中の優れた製薬メーカー、大学、研究所が行っています。しかし、それら全体を統括し、管理していくべき組織に情報が正しく集約・整理され、意思決定がなされているかという点については、まだ課題があります。同じような研究を複数で行っていないか。研究開発すべきターゲット分子のどこをカバーしていて、どこをカバーできていないのか。候補薬にどのような副作用があるのか。それらの情報を司令塔となる組織が正しく認識し、プロアクティブに判断・指示を出さなくてはなりません。

感染症対策はウイルスとの戦いだとよく言われます。戦いを有利に運ぶためには情報分析が欠かせないのは歴史が物語っています。今後起こりうる新たな感染症パンデミックにおいてウイルスとの情報戦に先手を打つためには、有事だけでなく平時からの備えが重要です。早い段階で感染症の予兆を発見し、医学論文だけに絞っても3000万報以上あるという情報を短期間に正確に分析するために、AIテクノロジーを駆使したインテリジェンス基盤の構築が必要です。

では、私が考える感染症パンデミックにおけるインテリジェンス基盤について、情報収集、情報分析、報告の各段階に分けてポイントをお話しします。

【情報収集】
情報収集におけるポイントは、対象分野は絞ったとしても、情報の正確性や信頼性でフィルターをかけない、という点です。よく論文の信頼性でフィルターをかけるべきだという意見もありますが、インテリジェンスの世界では、むしろ取り込んでから他の情報と合わせて総合的に検討すべきです。人の認知バイアス、専門家の思い込みが情報分析の邪魔をする場合があるからです。

【高度な情報分析】
情報分析において重要なのは、情報の関連性を理解することです。一つの情報と他の情報を比較検討して、必要な答えに辿り着く必要があります。論文の引用情報などの単純な関連性だけではなく、論文の内容自体を自然言語で解析することで、分子の変異の関連性を分析することができます。

【報告(パッケージング)】
パッケージングにおける成功の鍵は、コミュニティギャップを埋めることです。情報科学で得られた知見を生物学の専門家や組織のリーダーが見て、理解して判断できるようなレポートが必要です。AIなので理由は説明できないというのでは役に立ちません。そのため、情報収集・情報分析の段階から、その点を考慮した作業が必要です。

私たちはこれらの点を踏まえ、独自のAIエンジンConcept Encoderを活用し、すべての論文・医学データを他次元ベクトルに変換し探索することができる“Amanogawa(アマノガワ)”、その中から特定の疾患に関連する遺伝子のパスウェイマップを作成できる“Cascade Eye(カスケードアイ)”という二つのアプリケーションを活用し、分析を行います。このパスウェイマップを見ることによって、特定の疾患に関して世界がどのターゲットに着目しているのか、どのようなメカニズムで疾患が発生、あるいは抑制できるのか、カバーできていないところがまだあるのか、副作用はあるのか、など遺伝子の関係性も含めた全体像を把握することができます。トップダウンでいかに迅速に判断し、指示を行い、活用すべき全てのリソースをコントロールするかが重要になる緊急時、このようなAIを駆使したインテリジェンス基盤があれば、戦略的かつ適切に組織のリーダーが判断することが可能になるのです。

これらの事を考えると、感染症パンデミックに対しての理想的なアプローチは、以下のような流れだと考えます。
①AIを活用したSNS分析により早期に感染症の予兆を発見する
②その疾患に関する遺伝子パスウェイマップを作成する
③治療薬候補をリストアップし、既存薬であれは、その既存薬を持っている製薬企業をリストアップする
④優先順位を根拠をもって決めておき、早いタイミングで臨床試験等の準備を行うと同時に、企業の垣根を越えて情報提供、情報収集を行う

感染症パンデミックでは疾患による死亡なども問題ですが、同時に経済活動の停滞など社会に与える影響による被害も深刻です。少しでも早く事態を収束させ、日常に戻るためにも、このようなグローバルで難局を乗り切るためのインテリジェンス基盤の構築は必要だと考えます。

【著作権は、守本氏に属します】