第495号コラム:佐藤 慶浩 副会長(オフィス四々十六 代表)
題:「意識高い企業にとって、個人情報はタマゴではなくガチョウである」

前回のコラム第466号では、“商売のあるべき姿を先に考えずに、法律の要件に商売を合わせてしまったら、「違法ではないのだから、『ありがとうございます』とお客様に言う必要はない。」という判断をしたのと同じになってしまう”と書きましたが、今回もその続きです。

GAFAという略語がある。Google、Apple、Facebook、Amazonの4つの米国企業の頭文字をとった呼び名だ。GAFAは、個人に関する情報についてのビッグブラザーとも言え、それらの情報を使って、強大な事業を世界的に展開している。情報を使ってと言っても、売っているわけではない。

Appleは消費者向け製品販売と音楽配信サービスをしており、Amazonも消費者向けの物販サービスをしており、個人情報のデータ解析結果を自社事業のために活用するが、個人情報を他社に売ることはない。一方で、GoogleとFacebookは、かれらの消費者向けサービス利用者から直接収入を得ることは基本的にない。かれらの収入は法人向けサービスを買う法人顧客からだ。かれらもまた、サービス利用者の個人情報を企業に売ることはないが、データ解析結果を使ったサービスを他社に売る。

つまり、個人情報をデータとして売ることで対価を得るのではなく、個人情報が生み出す価値から対価を得る。イソップ寓話に、ガチョウと金のタマゴという話があるが、GAFAは、個人情報を金のタマゴではなく、そのタマゴを産むガチョウとして扱っていることになる。個人情報を解析した結果がタマゴだ。そして、タマゴである解析結果を直接売ることも限定的で、極力、その解析結果を活用したサービスを提供して対価を得る。

サービスとして代表的なものはオンラインのディスプレイ広告サービスだ。ディスプレイ広告とは、GoogleやFacebookの利用者がブラウザ画面上で見るバナー広告などのことだ。

イソップ寓話から得られる教訓と同じように、かれらは、個人情報をガチョウとして手放さないように取り扱う。タマゴのように扱って売ろうとはしない。

かれらが個人情報を保護するのは、法的に情報セキュリティ対策が求められていること以前に、個人情報は事業上の資産だと思っているからだ。自分にとって大切なものだから、大切に保護するのだ。そのため、情報漏えいなどのセキュリティ対策と同様に、ご本人からのオプトアウト(利用停止)の依頼を受けないことにも同等の配慮をする。ご本人の嫌がることをしないことは、プライバシー対策に他ならないが、プライバシー保護が法律などで求められていること以前に、オプトアウトされたらガチョウにタマゴを産ませられなくなるから避ける必要があるのだ。企業において何かするときに、コンプライアンスを動機にするより、事業拡大を動機にする方が徹底できそうだ。

さて、GoogleやFacebookにとって事業の要となる広告サービスについて考えてみる。
広告サービスは、以下の4つの立場によって構成される。

1 広告主
2 広告事業者
3 メディア事業者(GoogleやFacebook)
4 メディア利用者(GoogleやFacebookのサービス利用者)

メディア事業者は、何らかの媒体を多くの人達に見せることができる立場だ。GoogleやFacebookの場合には、かれらのサービスの利用者が見るウェブブラウザでの画面表示が媒体となる。
メディア利用者は、メディア事業者の媒体を利用する立場だ。GoogleやFacebookのサービスの利用者ということになる。
広告主は、メディア利用者に広告を見せたい立場だ。広告主は、メディア利用者に広告を見てもらって、自社の製品やサービスを購入してもらうことを期待している。
広告事業者は、広告主とメディア事業者を仲介する立場だ。

少ない広告で、より多くの購入につなげることができれば、広告主にとって効果的な広告となる。
そのためには、メディア利用者のうち購入の見込みの高い利用者を選別して広告し、購入見込みの低い利用者には広告
しないことで、効果を高めることが考えられる。

そのように、人を選別して出す広告を、オーディエンス・ターゲティング広告と言う。そのためには、メディア事業者が持っている利用者の個人に関する情報を解析することが重要になる。

たとえば、女性用の化粧品の広告は、男性より女性の利用者に出すことで効果が高まりそうだ。そのためには、利用者の性別を情報として持っている必要がある。では、釣り用具の広告ならどうだろうか?釣りをする人は男女ともいるはずだが、その男女比率が仮に8割対2割なのであれば、男性利用者に広告を出す方が効果的かもしれない。さらには、釣りが趣味だという個人情報が仮にあるなら、その人達に広告を出すのがより効果的になりそうだ。そのように、利用者を選別する条件をセグメントと言う。化粧品の例でのセグメントは、性別が女性ということになり、釣り具のセグメントでは、趣味がわかるなら釣りがよいし、趣味がわからないなら次善策として性別が男性ということが考えられる。これらのセグメント例は、利用者本人が申告した内容によるものだが、たとえば、釣り具製品に関する検索をしたことがある人というセグメントを、メディア事業者が持っている場合もある。その方が男性よりも、効果的なセグメントになりそうだ。

このように、メディア事業者が持つ個人情報をセグメントとして解析することができれば、より効果の高いオーディエンス・ターゲティング広告サービスをできることになる。個人情報というガチョウから、セグメント情報というタマゴを産み出させることができるのである。

このとき、情報の解析をするのが、メディア事業者なのか、広告事業者なのかというのに決まりはない。しかし、これを広告事業者に任せることは、ガチョウを売るようなものだ。GAFAがそれをすることはない。GoogleやFacebookに、広告を出したい広告主は、かれらに広告を直接出稿している。その意味で、GoogleやFacebookは、メディア事業者と広告事業者の両方の立場で事業をしていることになる。

一方で、メディア事業者の立場に閉じこもり、広告収入は広告事業者から得るという事業形態も形態としてはあり得る。しかし、その場合には、個人情報をメディア事業者から広告事業者に提供する必要があるため、利用者本人からの同意をあらかじめ得る必要がある。日本の個人情報保護法では、この情報のやり取りを匿名加工情報にすることで、本人からの同意を得ずに済ませるという選択肢も認められている。そのように、この事業形態を合法的にできるが、それがガチョウを売ることになっていないかを考えることは有益である。

あらかじめ同意を得るということは不同意者が一定の比率で出ることで広告対象者が減る可能性がある。匿名加工情報により不同意を発生させない場合には、メディア事業者なら個人情報を直接解析できるのに、広告事業者は匿名加工情報としてしか解析できないためにセグメントの精度が低下する可能性がある。同意を取っても、匿名加工情報を使っても広告主にとっては、効果の低いターゲティング広告になる可能性があるのである。

メディア事業者からすると、自身で解析の手間をかけるより、手間をかけずに広告事業者からの収入を得ることで収入が安定するのではないかと思いつくかもしれない。しかし、広告主が、より効果の高いターゲティング広告を求めれば、そのようなメディアは広告媒体として採用されなくなっていくのである。また、メディア利用者にとっても、自分に無関係な広告が多く表示されることは、ディスプレイ広告への関心が低くなり、広告による購買行動につながらなくなるという負の連鎖を生じかねない。

これは、メディア事業者の事業戦略だけの問題かと言えば、効果の高い広告ができないことにより、広告主の事業が効率化しないことで、広告主が消費購買事業において勝ちにくくなるという悪影響をもたらすこともあり得る。セグメントの精度の低い広告を出すことは、その媒体の広告効果をも下げていくことになるのだ。

広告における広告代理店の付加価値のひとつは、多種多様な広告メディア候補を持っていて、広告主の期待に合わせて、それをうまく取捨選択して提案することだった。今もそれは変わらないが、広告主がGoogleやFacebookなどにメディアを指定したい場合もある。そのような場合には広告代理店の付加価値は低下する。それなのに、広告代理店が、広告主とメディア事業者の間に割って入るという商流にしがみついて、そのためにだけ匿名加工情報を使うとしたら本末転倒だ。

イソップ寓話の教訓は、ガチョウを手放してはいけないというものだった。個人情報を売ることは、ガチョウを手放すのと違って、実際には情報の複製を売るだけだと思ってはいけない。イソップ寓話ではガチョウは1羽だった。個人情報を沢山持っていることを、ガチョウを沢山持っているのだから、一部を売るならいいと思ってはいけない。1羽のガチョウが10個のタマゴを産むことと、10羽のガチョウが1個ずつ合計10個のタマゴを産むことは、タマゴとしては同じだが、個人情報というガチョウから産まれるタマゴは、そのガチョウ固有のものであって、合計数で比べるべきではない。多数のガチョウがいて、それを統計的に解析できることに価値があるからである。

政府は2016年末に、GAFAによる寡占に危機感を示し、その一助として、「ビッグデータ活用法(官民データ活用推進基本法)」を作ったと報道された。しかし、これを有効に活用し、GAFAに対抗するためには、個人情報の保有者が、何をガチョウにして、何をタマゴにするのかを戦略的に考えて、事業の戦術を計画することが不可欠だ。この記事では、個人情報の保有者の例として、メディア事業者をあげたが、広告サービス以外では、違う立場に当てはめる必要がある。しかし、ガチョウとタマゴの観点で整理すべきという考え方は同じだ。

たとえば、鉄道会社が持つ乗客の乗降履歴を解析して、駅ビルのテナントにどういう店舗が向いているかを検討してデータ活用に役立てる場合を考えてみる。鉄道会社が乗降履歴をデータ解析会社に売り、そのデータ解析会社が解析結果を駅ビル運営会社に売るということと、鉄道会社が駅ビル運営会社に直接助言するサービスをすることの違いを考えてみることが大切だということだ。個人情報というガチョウの保有者が戦略的でなければ、タマゴを最大限に産ますことはできない。

イソップ寓話では、強欲な農夫がガチョウの腹を裂いて死なせてしまったが、自分の庭にガチョウがいることにすら気づいていないとしたら最悪だ。

今一度、庭を見渡してみてはどうだろうか。

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