第8号コラム:西川 徹矢 理事(明治安田生命保険相互会社 顧問)
題:「デジタル・フォレンジック・コミュニティへの熱き招待」
本年から理事として本協会に参画させていただきます西川です。警察庁、防衛省勤務を通じ、ITにかかわる仕事を担当し、本会とも設立当時から比較的近いところにおりました。したがいまして、私にとって、デジタルとフォレンシック(「科学捜査の」、「法医学の」)という語は聞き慣れたものでしたが、当初、2語が並び、デジタルフォレンジックとなると今一つよく分からないという印象がありました。それから、4年経ちました。時流と関係者の方々のご努力・熱意により、この言葉や概念も大いに普及し、市民権を得てきたと思います。
IT用語辞典(e-Words)にも、「不正アクセスや機密情報漏洩などコンピュータに関する犯罪や法的紛争が生じた際に、原因究明や捜査に必要な機器やデータ、電子的記録を収集・分析し、その法的な証拠性を明らかにする手段や技術の総称」(2005年8月20日最終更新)として掲載され、定着してきた観があります。
また、この概念は、分かりやすい表現として、『デジタル鑑識』ともしばしば例えられてきました。私が警察庁刑事局捜査第一課でグリコ森永事件を担当していたときには、まだデジタルという言葉はそれほど広くは使われておりませんでしたが、実際の捜査現場では、画像解析等コンピュータ解析を行い写真の鮮明化を図るなどの捜査支援が行われるようになり、その効能に目を見張ったものでした。ただ、これはコンピュータにかかわった捜査ということではなく、専らコンピュータの画像解析機能を活用して被擬者の写真や自動車のナンバー、写真の背景にある文字や記号の鮮明化を図り事実の特定を行うなどにとどまっていました。その後、オウム真理教事件の前後にはコンピュータのハードディスクから「消去」処理済みのデータを復活させたり、データ保護用の暗号解読を行うなど、コンピュータそのものに対する捜査への支援活動が見られるようになりました。その当時は、メインは正に「コンピュータ・フォレンジック」ともいうべき活動であり、数名の研究員が各種のツールや装置を相手に工夫を重ねて、「個人技」に支えられた独自の世界を作っていた観がありました。
その後も、捜査現場からの強いニーズに後押しされて、警察庁では、これらの活動を「デジタル分野の鑑識活動」と位置付け、ネットワーク化されたコンピュータ環境の中でロゴ解析、ハードディスクの物理的なデータ解析や暗号・パスワードの解読等各種の捜査支援活動を着実に進めてきました。中には、解析結果等について、担当者が苦心して鑑定書を書き上げ、公判廷で争点になったりしたこともあり、文字どおり、昨今の証拠化問題と正面から向き合わねばならないこともあったと記憶します。
とりわけ、警察庁では、本年年頭の回顧と展望に「警察では、犯罪の立証のための電磁的記録の解析技術及びその手続きであるデジタルフォレンジックの確立に向け、解析技術に関する知見の集約・体系化、外国関係機関、民間企業等との技術協力、法的な観点からの検討や科学的な検証等の取組みを推進している」と、「デジタルフォレンジック」なる語を初めて取り入れて大々的に報告するとともに、改めて決意のほどを述べています。そして、4月22日には、警察庁の全国情報通信部長等会議において、遂に警察庁長官が、「デジタルフォレンジックの基盤強化」を正面から訓示し、部内職員に技術・知識の習得と情報技術解析業務の高度化と効率化に努めるよう大号令をかけたと報じられ、さらに、5月16日には、洞爺湖サミットを迎えて、特に重要視される全国警察本部長会議において、「捜査へのデジタルフォレンジックの活用」が情報通信局長の説明として盛り込まれました。
いよいよ、このようなビッグユーザーの本格的な始動と、それによる大きなうねりが見られるのではないかと、熱いまなざしをもって、その成果に大いに期待したいと考えています。
また、防衛省の方でも、ここ数年、この分野で世界の最先端を行くという米国空軍の専門部隊等との相互交流による意見交換等を行うなど積極的な取組みを示しており、着実にこの分野での実力を蓄えていると聞いております。
両省庁に勤務したことのあるものとして、職務の性格から、一部に公開が憚られるところがあるのは致し方ないとしても、コンピュータ分野でのビッグユーザの一画をなす警察庁、防衛省の皆さんやその周辺の方々にも、法曹界や技術専門家、システム監査専門家等多様多才な民間コミュニティからなる我々のフィールドに積極的に参加されんことを強く望むところであります。