第218号コラム「「暗号化状態処理とその社会的利用のための検討会」の設置に向けて」

第218号コラム:辻井 重男 顧問(中央大学研究開発機構 教授)
題:「「暗号化状態処理とその社会的利用のための検討会」の設置に向けて」

このところ、2つの企画実現に追われている。昼間はそんなことで多忙なため、暗号理論の研究は、夜中、目覚めた時、頭の中で、数式処理を実行しながらやることにしているが,計算結果を左脳のworking memory に入れて呼び出したりしていると、脳が疲労するようで、朝、目覚めた時、頭が重い。上の企画実現の思案と、暗号理論研究の時間帯を入れ替えた方が良いかと思ったりしている。

2つの企画とは、
1つは、シンポジウム「様々な人と組織から情報セキュリティを考える」、
他の1つは、本コラムで述べる検討会である。
先ず、シンポジウム「様々な人と組織から情報セキュリティを考える」についてPRさせて頂きたい。これは、中央大学と私が理事長を務めているマルチメディア振興センター、及び、本デジタル・フォレンジック研究会の主催によるもので、本研究会からは、佐々木会長に、「研究者と学協会の視点から」、林 紘一郎 理事には「情報セキュリティ経営の視点から」というタイトルでご出演頂くことになっている。詳細は、
http://www.fmmc.or.jp/pdf/news/0908symposium.pdf を参照願いたい。

第217号コラム「国際競争とデジタル・フォレンジック4(アジア続編)」

第217号コラム:池上 成朝 幹事((株)UBIC 取締役副社長 兼 北米事業開発責任者)
題:「国際競争とデジタル・フォレンジック4(アジア続編)」

本テーマでコラムを開始して数年が経過しましたが、最初のコラムの結びを再度読み返してみました。

「情報漏えいから、カルテル調査までを短く記述してきましたが、国際競争がデジタル・フォレンジックを進化させる1つの重要な役割を果たしていることが分かってきました。これから先の10年間で国際間の人の移動、交流は爆発的に増大します。それに伴い国際競争はより激化し、それを審判すべきデジタル・フォレンジック専門家の技術向上、国際的に活躍できる専門家の育成に取り組む事は我々の重要な任務の一つとなってきています。」・2009年12月17日(コラム第85号)

この数年間でアジア、欧米にて実案件に多く取り組む機会を得て、如何にデジタル・フォレンジックが企業の権利を守っているかが明らかになってきました。
また本コラムを書いている間にも、新日鉄・韓国ポスコ間での情報流出をめぐる訴訟や韓国での有機EL技術流出問題など次々と重大な事件が発生しています。

第216号コラム「サイバー犯罪条約の発効とその後」

第216号コラム:石井 徹哉 理事(千葉大学 法経学部 教授)
題:「サイバー犯罪条約の発効とその後」

1 昨年までの必要な国内法措置をへて、7月4日にサイバー犯罪条約(平成24年条約7号)が批准されました(国内法上は条約の公布によって、国際法上は受諾書の寄託によって手続が終了しました)。これによって、国際法上、本年の11月1日より日本について発効します。

 批准のためにおこなわれた国内法の整備状況については、すでに各所で説明されていますので、ここでは、条約の発効によって何が変わりうるのか、残された問題について考えたいと思います。

2 犯罪化、すなわち実体法にかかわる部分は、すでに必要な法改正によって整備されており、かつ原則として日本国内においてのみ妥当する(これを「属地主義」といいます)ものですから、変わるところはありません。重要なのは、手続に関するところとなります。例えば、これまで国境を越えた犯罪については、特別の条約を締結していない限り、外国に所在する証拠を収集しようとするならば、政府を通じて共助の依頼をし、相手国政府がその要請に基づき実施するというかなり面倒な手順をとる必要がありました。しかし、サイバー犯罪条約が発効した後は、コンピュータシステムに関する証拠収集については、直接捜査機関どうしの連絡によって共助が可能となります。また、その要請も、緊急時にはメールやファックスなどの簡便な方法をとることも可能になります。

第215号コラム「チェックアウト・プリーズ ASAP その1:人生のチェックアウト」

第215号コラム:林 紘一郎 理事(情報セキュリティ大学院大学 教授)
題:「チェックアウト・プリーズ ASAP その1:人生のチェックアウト」

まず始めにお断りしておきたいのは、以下の記述(連載で3回ほどになる予定)がフォレンジックにどのように関わるのか、私自身にも分からないことである。直接の関係はないにせよ、広い意味での社会現象に触れたものとして何らかのヒントになれば幸いであるが、ひょっとすると「風が吹けば桶屋が儲かる」と同程度に、迂遠な説明をしているだけかもしれない。時間を持て余している老人のたわごとを聞いてあげよう、というフィランソロピー的な気持ちで、お読みいただきたい。

去る3月の中旬に、母を亡くした。あと数日で97歳という大往生であったから、思い残すことは、さほど多くない。しかし、その死の前後における経験は、私に言いようのない不安(あるいは後味の悪さ)を残した。人生のチェックアウトは、すべての人に平等に(しかも1回だけ)訪れることであるが、高齢化社会の到来で従来の考えが通用しなくなっている。今後は自分の死後の対応についても、ASAP(As Soon As Possible) を旨として予め計画せざるを得ないことを、痛感させられたからである。