第216号コラム:石井 徹哉 理事(千葉大学 法経学部 教授)
題:「サイバー犯罪条約の発効とその後」

1 昨年までの必要な国内法措置をへて、7月4日にサイバー犯罪条約(平成24年条約7号)が批准されました(国内法上は条約の公布によって、国際法上は受諾書の寄託によって手続が終了しました)。これによって、国際法上、本年の11月1日より日本について発効します。

 批准のためにおこなわれた国内法の整備状況については、すでに各所で説明されていますので、ここでは、条約の発効によって何が変わりうるのか、残された問題について考えたいと思います。

2 犯罪化、すなわち実体法にかかわる部分は、すでに必要な法改正によって整備されており、かつ原則として日本国内においてのみ妥当する(これを「属地主義」といいます)ものですから、変わるところはありません。重要なのは、手続に関するところとなります。例えば、これまで国境を越えた犯罪については、特別の条約を締結していない限り、外国に所在する証拠を収集しようとするならば、政府を通じて共助の依頼をし、相手国政府がその要請に基づき実施するというかなり面倒な手順をとる必要がありました。しかし、サイバー犯罪条約が発効した後は、コンピュータシステムに関する証拠収集については、直接捜査機関どうしの連絡によって共助が可能となります。また、その要請も、緊急時にはメールやファックスなどの簡便な方法をとることも可能になります。

 より重要なのは、昨年の刑訴法改正により導入された刑訴法99条2項による差押えです。刑訴法99条2項は、次のように規定されています。
 
 差し押さえるべき物が電子計算機であるときは、当該電子計算機に電気通信回線で接続している記録媒体であつて、当該電子計算機で作成若しくは変更をした電磁的記録又は当該電子計算機で変更若しくは消去をすることができることとされている電磁的記録を保管するために使用されていると認めるに足りる状況にあるものから、その電磁的記録を当該電子計算機又は他の記録媒体に複写した上、当該電子計算機又は当該他の記録媒体を差し押さえることができる。
 
 国家刑罰権は、国家主権に基づくものであることから、99条2項が規定する電気通信回線で接続している記録媒体は、日本国内に所在しない限り、この規定による方法で電磁的記録を差し押さえることが出来ません。もしあえて、対象となる記録媒体が外国にあることを知りつつ、このような捜査方法を実施した場合、場合によっては外交問題に発展することになります。

 しかしながら、サイバー犯罪条約32条は、蔵置されたコンピュータ・データに対する国境を越えるアクセスを、「当該データを自国に開示する正当な権限を有する者の合法的なかつ任意の同意が得られる場合」に、他の締約国の許可なしにおこなうことを許容しています。そのため、クラウドサービスなどでデータセンターが外国に所在している場合でも、日本国内の電子計算機から接続されているときには、当該国がサイバー犯罪条約の締約国である限り、問題がないこととなります。

 これに対して、日本国内の電子計算機に接続された記録媒体が締約国以外の国に所在している場合については、なお従前と同様の問題が残ります。この場合、当該国に無断で99条2項の手法を実施することはできないでしょう。あるいは、少なくともこのような差押えは、差し控えるべきといえ、サイバー犯罪条約批准によっても未解決のままとなっています。

 では、捜査機関があえてあるいは無意識に締約国以外の国に所在する記録媒体について、99条2項による差押えを実施した場合、手続法上、どのように評価されることになるのでしょうか。実際に裁判所がこのことをどう考えるかは、不明であり、断言できるものではありませんが、おそらく次のように考えることも可能です。

 たしかにこのような捜査方法は、他国の主権を侵害するものとして違法といえますが、これはいわば国際法的な次元における問題です。日本国内においては、刑訴法99条2項の規定に従い実施されています。このような証拠が刑事手続において有効なものとされるのか、具体的には証拠能力が認められるのかが問題となります。

 違法に収集された証拠の証拠能力について、最高裁昭和53年9月7日判決(刑集32巻6号1672頁)は、「証拠物の押収等の手続に、憲法35条及びこれを受けた刑訴法218条1項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合においては、その証拠能力は否定される」としています。したがって、この判決の趣旨からは、主権侵害の疑義はあるものの、令状に基づき刑訴法99条2項に従って差し押さえられたのであれば、令状主義の精神を没却するような重大な違法があるとはいえず、なおその証拠能力が認められることになり得る可能性があります。もっともこのような状況は、このましいものとはいえず、サイバー犯罪の非締約国(とりわけ、ロシア、中国など)との関係においてなんらかの方策を検討することが望まれるでしょう。

3 サイバー犯罪条約は、サイバー犯罪に関する国際的な協調行動の枠組みを規定するものです。あくまで枠組みであって、これをどのように機能させるのかということは、今後のわが国の捜査機関の取り組み如何にかかっています。

 例えば、欧州各国と米国の共同による児童ポルノの摘発などが時折報道されてきましたが、今後、わが国は、このような児童ポルノの摘発にかかる協調行動にどのようなスキームを使って、どのように関与し、摘発していくのかということを検討することになるのではないでしょうか。現状では、ブロッキングが海外からの児童ポルノの流布の最善の防止策ではないかと思わせるような報道状況であって、サイバー犯罪条約の発効後、適切なスキームの構築に期待したいところです。

 また、欧米諸国においては、日本が児童ポルノの流通が比較的法の網をくぐって自由になされているとの印象を持たれており、反対に、欧米諸国から保全要請、その後の正式の証拠の収集の要請がなされることも予想されます。

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