第217号コラム:池上 成朝 幹事((株)UBIC 取締役副社長 兼 北米事業開発責任者)
題:「国際競争とデジタル・フォレンジック4(アジア続編)」

本テーマでコラムを開始して数年が経過しましたが、最初のコラムの結びを再度読み返してみました。

「情報漏えいから、カルテル調査までを短く記述してきましたが、国際競争がデジタル・フォレンジックを進化させる1つの重要な役割を果たしていることが分かってきました。これから先の10年間で国際間の人の移動、交流は爆発的に増大します。それに伴い国際競争はより激化し、それを審判すべきデジタル・フォレンジック専門家の技術向上、国際的に活躍できる専門家の育成に取り組む事は我々の重要な任務の一つとなってきています。」・2009年12月17日(コラム第85号)

この数年間でアジア、欧米にて実案件に多く取り組む機会を得て、如何にデジタル・フォレンジックが企業の権利を守っているかが明らかになってきました。
また本コラムを書いている間にも、新日鉄・韓国ポスコ間での情報流出をめぐる訴訟や韓国での有機EL技術流出問題など次々と重大な事件が発生しています。

5年前に、日韓の間で起きていた産業スパイ調査と同じ要求が、台湾と韓国・中国間で日々起きており、訴訟を提起したいが証拠が無いため、残留する電子情報や渡航先でソーシャルメディアに発信された情報を証拠化したい等の要求がアジア各地で増加しています。

数年前に中国企業を訴え国際的訴訟において勝訴した企業A社の法務部長は、次に韓国企業に移籍したB氏を提訴する為の証拠を探しています。情報セキュリティ、内部監査の能力を強化した企業A社では、証拠が見つかると踏んでいました。しかし本当に悪意を持ったB氏が簡単に証拠を残すでしょうか。様々な通信手法が発達し、国際化が進む中、企業内だけで提訴を行うに足る証拠を見つけだす事は日増しに難しくなっています。特に様々な外国顧客を持ち地球規模で活動を行う巨大企業では、前述したように内部での調査機能を強化しても、その分巧妙な手法で情報を持ち出すケースが発生し、また持ち出す情報の重さも企業の利益の多くを消し去るような規模に膨らんでいます。
企業内に残る証拠情報が少ないため、冒頭に述べたようにソーシャルメディアを調べ、当人や周りの人物の情報を間接的に集め提訴に踏み切る為の証拠収集活動が行われるようになってきました。

一方上記のような案件に対応でき、国際的に活躍できるデジタル・フォレンジックの専門家の数は増えたのでしょうか。2年半前に本テーマでコラムを始めた時に比べ業界や研究会の努力もあり確実に日本国内での専門家の増加や技術向上は大きなものがありましたが、前項で述べたような最も情報流出の被害が大きい東アジア地域全域をカバーし調査を行う専門家の数は残念ながら増えていないと感じています。状況は以前と変わらず、欧米の大手調査会社が専門家を派遣し、アジア担当者が通訳代わりに活動を補佐する構図は変わっておらず、調査の進捗も進まない状態が続いているように見えます。

アジアの企業の置かれた状況を、現地で汲み取りアジアの他の地域企業の情報に詳しいパートナーと調和しながら、ソーシャルメディア、スマートフォン、および従来からのデジタル・フォレンジックの手法までも駆使しながら、真実を証明する専門家を育成しないと、いつまでも情報流出による不公平な競争や巨大国際訴訟が続き、最終的にはアジア企業全体の拡大成長を大きく阻害するものになってしまうのではないかと危惧しています。

日本においてデジタル・フォレンジックの活動が広がり専門家が増えたのは、アジアの他の地域と比べてみると、特に民間においては非常に稀な事例であり、これからはよりその技術を駆使し他地域の専門家と調和しながら調査を行える環境づくりや雇用創出が重要だと考えるようになりました。

冒頭文の様に2年半前に専門家育成の重要性を強調しましたが、再度このコラムを執筆するにあたりトレーニング拡充や調査チーム強化による新たな雇用創出等自らの任務の大きさを再認識する機会となりました。
  
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