コラム第942号:「現場の善意の先にあるもの」

第942号コラム:宮坂 肇 理事(株式会社NTTデータ先端技術 セキュリティ&テクノロジーコンサルティング事業本部 サイバーセキュリティインテリジェンスセンター センター長/Principal Scientist)
題:現場の善意の先にあるもの

 最近、「観測史上最大」という言葉をよく聞くようになった。本コラム執筆時点でも、線状降水帯が日本各地で発生し、大雨による被害が拡大している。例年であれば猛暑の夏となることが多かったが、今年は台風や豪雨が相次ぎ、晴れ間をあまり見ない夏であった。先日、ネパールと中国のチベット自治区との国境地帯で発生した大規模な土石流も、未曾有の災害をもたらしている。いずれも、地球温暖化や気候変動の影響であるとも言われている。
 毎年この時期になると、2001年9月11日に発生した米国同時多発テロを思い出す。日本時間では深夜であったが、テレビには、まさに映画の一場面のような映像が繰り返し映し出されていた。あれから、まもなく25年を迎える。当社にも、この出来事を直接知らない世代が増え、記憶自体も少しずつ風化している。

 サイバーセキュリティ業界でも、ランサムウェア被害が数多く発生しており、もはや特定の企業や組織だけの問題ではなくなっている。今年の夏には、AIエージェントを評価環境でテストしていたにもかかわらず、外部システムに対する攻撃行動が見られたとの報道もあった。情報収集や脆弱性探索など、これまで人が介在して行ってきたことを、AIが自律的に実行することが現実味を帯びつつある。また、AIの5段階評価におけるレベル3のAIエージェントが集団で活動することで、新たな危険性が顕在化しつつあるとの報道もあった。真偽については、今後も注視していきたい。

 気候変動、AI、ランサムウェアなど、これまで経験したことのない予想外の出来事が日常化する時代になったといっても過言ではないだろう。このような時代に、さまざまな現場では何を大切にし、どのように物事を進めていけばよいのだろうか。実例も交えながら掘り下げてみたい。

 このような時代には、生成AIを活用する、新しい技術を導入する、新たな仕組みを設けるといったことを、まず考えるかもしれない。それらを否定するつもりはなく、いずれも重要である。前回のコラムでは、ラストマンを支えるセキュリティ人材について触れたが、どれほど技術や仕組みが進歩しても、最後は人が判断し、先に進めることが重要である。

 あえて作品名は伏せるが、この9月、14年ぶりとなる刑事映画の最新作が全国公開される。この映画やドラマを思い浮かべると、主人公の超有名なせりふが、さまざまな場面で頭をよぎる。その言葉は「現場」である。この作品では、巨大な組織のなかにある「経営する立場」と「現場の立場」とのギャップが見事に描かれ、多くの人の共感を呼んだ。

 一口に「現場」といっても、さまざまな現場がある。建設や建築では「工事現場」、医療では「医療の現場」、製造業では「生産現場」、小売業では「店舗や売り場」、ニュースでは「事故現場」が取り上げられる。現場とは、実際に物事が起き、具体的な作業やサービスが行われている本番の場所を指す言葉である。

 現場では人が動き、生産活動を行っている。生成AIの導入によって現場の様相は変わりつつあるが、最後はやはり人が判断し、先に進める。これが現場である。
 もう一つ大切なことは、一人が頑張るだけでは、できることに限りがあるということだ。人と人とが共鳴し、共感し、支え合いながら進めることで、業務の幅が広がり、より高い生産性の実現につながる。

 企業や組織は、経営の視点からサステナビリティを提唱している。持続可能性への取り組みには長期的な視点が必要となるが、その一方で、現場の負担やリスクが見えづらくなることも懸念される。

 最近よく聞く言葉の一つに「心理的安全性」がある。これは、企業や組織が持続的に発展していくための基盤と強く結びついていると言われている。予測不能な時代において、リスクをいち早く発見するためにも必要不可欠な基盤といえるだろう。
 心理的安全性の高い現場とは、単に優しく、注意し合わない現場ではない。組織として高い目標を掲げながら、安心して率直に意見を交わし、健全な衝突を恐れない強い現場である。

 心理的安全性が低い組織では、不都合な事実が報告されず、見えないリスクとして蓄積される。それが顕在化したときには、大きな問題へ発展する可能性がある。一方、心理的安全性が高い組織では、見えないリスクが早期に可視化され、事前に対策を講ずることで、大事故や企業の信用失墜を防ぐことができる。企業や組織が持続的に発展していくために、心理的安全性の確保は重要事項の一つである。

 心理的安全性の土台には、お互いを思いやる気持ち、すなわち「善意」がある。善意は非常に重要な基盤である。しかし、善意は基盤であって、ゴールではないことに気づくべきである。

 善意を理由に遠慮や庇い合いが先行すると、かえって不都合な事実を伝えにくくなり、心理的安全性を損なう可能性がある。エイミー・エドモンドソン教授が提唱する心理的安全性は、私なりに解釈すれば、「優しくアットホームな現場」ではなく、「高い目標に向かって率直に意見をぶつけ合える現場」である。それを支えるのは、「この人は私に敵意があって意見を言っているのではない」という信頼である。その信頼は、互いの善意を前提とした関係のなかで築き上げられていく。

 「現場」では、さまざまな事象が発生する。お客様に感謝され、握手を交わすこともあれば、小さな事故を大きくしないため、一つひとつ問題を解決することもある。ときには、予想外の大事故が発生する。
 現場では、一つひとつの事象に目を向け、耳を傾け、受け止めて、次に進めることが大切である。このときに大切になるのが「善意」である。お客様、プロジェクトメンバー、チームメンバー、担当者など、人と人とがお互いを思いやる気持ちがなければ、物事を前に進めることはできない。

 ところが、誰かがミスをしたり、インシデントを起こしたりしたことが判明すると、「なぜミスを起こしたのか」「なぜ紛失したのか」と、「なぜ」が人に向かう現場を見ることが多い。人が何かを起こすと、私たちは人を責めがちである。しかし、人ではなく事実を見て、仕組みやルールに問題がなかったかを考える必要があるのではないだろうか。

 事故を起こした人に目を向け、責任追及を始めた瞬間に「善意」の土台は崩れ、「心理的安全性」が損なわれる。ひいては、企業や組織のあるべき姿も崩れ始める。

 私はこれまで、サイバーセキュリティだけでなく、さまざまな現場の実情を直接的、間接的に見聞きしてきた。何事もないとき、現場は順調に動いているように見える。ところが、何かが起きると、その現場が持つ本来の姿があらわになる。通常時には「善意」があり、「心理的安全性」が保たれているように見えた現場が、突如として豹変することがある。

 サイバーセキュリティのインシデント対応の現場を例に挙げてみよう。インシデントが発生すると、人間であるがゆえに、無意識のうちに自己防衛反応が優先される。その結果、報告の遅れ、犯人探し、情報の隠蔽、指示待ちなど、さまざまな事柄がドミノ倒しのように発生し、輻輳する。

 健全な状態であれば、バッドニュースファースト、根本原因の究明、情報共有といった行動が起こる。ところが、善意という名の庇い合いが先行すると、事象の正確な把握や根本原因の究明、再発防止につながらない。冷静な状況分析もできなくなりがちである。

 インシデント対応の現場における「善意」とは、「事象に向き合い、人を責めない」ことである。インシデントを収束させるという共通の目標に向かって提案を続け、その提案を受け入れること。チームや組織を助けたいという相互扶助の気持ちを持つこと。そして、お互いの気づきを率直に伝え、受け止めることである。

 そうした行動の積み重ねによって、「現場の善意の先」に、事実と向き合い、率直に意見を交わし、互いに支え合える強い組織文化が形づくられていくのではないだろうか。

 そのような現場があってこそ、企業や組織の持続的で力強い生産活動につながっていくと考える。

※著作権は、宮坂氏に属します。
※本稿は筆者の見解であり、IDFの見解を示すものではありません。