第21号コラム:丸山 満彦 監事(監査法人トーマツ パートナー、公認会計士)
題:「ニーズとシーズ、目的と手段」

ニーズとシーズ
 いろいろな定義の仕方があると思いますが、需要者が望んでいるものを「ニーズ」、提供者が有しているものを「シーズ」ということにしましょう。ニーズとシーズが一致すれば交換が成立することになります。例えば、「楽して洗濯をしたい」というニーズに対して、「電気で洗濯ができる機械をつくれる」というシーズがあればそこで「電気洗濯機」というものを通じてニーズとシーズが一致し、交換が成立します。シーズを中心に考えるのをプロダクトアウトの発想という場合もあります。「電気洗濯機を作れる。世の中には、楽して洗濯したいニーズがきっとあるはずだ。だからきっとこれは売れる」。一方、ニーズを中心に考えるのがマーケットインの発想といえるでしょう。「楽して洗濯したい」というニーズを把握してから、「それなら電気洗濯機というものを売ろう。そのためには電気洗濯機を作らないといけない。」という考え方です。需要者側のニーズが大きい場合にはプロダクトアウト型つまり、シーズ中心のビジネスが成り立ちやすくなります。一方、需要者側のニーズに比べると供給者側のシーズが多い場合には、マーケットイン型つまり、ニーズ中心のビジネスが成り立ちやすくなります。例えば、マーケットが非常にセグメント化されている場合などは、そのニーズにマッチしなければ、非常にすばらしいシーズがあったとしてもビジネスとしては成り立ちにくいことになります。最近では、マーケットイン型のビジネスが持ち上げられている嫌いはありますが、マーケットイン型のビジネスが良くてプロダクトアウト型のビジネスが悪いと言うわけではありません。非常に有益なシーズがある場合は、むしろプロダクトアウト型でマーケットを作っていくということも可能です。重要なことは、需要と供給のバランス、ニーズとシーズの強さのバランスや社会的な必要性のバランスを見極めながらビジネスを展開していくことです。

目的と手段
 問題を解決する上で目的と手段の峻別は非常に重要です。認証を例に考えてみましょう。自分がシステムに入ったことを確かにするために、IDとそれに紐づくパスワードで認証をします。IDに紐づくパスワードは、自分があらかじめシステムに登録していて自分以外のものが知ることはありません。「自分がシステムに入ったことを確かにすること」が目的で、「パスワードで認証する」ことが手段です。注意すべきことは、目的と手段は連鎖することです。例えば、パスワードでの認証を確かにするために特殊文字を含む8文字以上のパスワード以外は受け付けないようにする場合、「パスワードでの認証を確かにする」ことが目的となり、「類推されにくいパスワードをつくるためのルールをつくること」が手段となります。このような目的と手段の関係は複雑な状況の中でしばしば忘れられ、手段が目的化し、最終の目的が忘れられてしまうことになります。
 もうひとつ大切なことは、目的を達成する手段は複数あるにもかかわらず特定の手段に固執してしまわないようにすることです。例えば、「自分がシステムに入ったことを確かにする」という目的を達成するためには「パスワードで認証する」手段以外にも、例えば「指紋を利用して認証する」という方法もあります。しかし、複雑な状況の中におかれるとしばしば、ある目的を達成するための手段はこの手段しかないと思い込んでしまい最適な手段の選択を誤ってしまう場合があります。

 秋の夜長といわれる時期になりました。虫の声を聞きながら、デジタル・フォレンジックについてじっくりと考えてみるのもよいかもしれませんね。