第81号コラム:佐藤 慶浩(日本ヒューレット・パッカード株式会社 個人情報保護対策室 室長、IDF理事)
題:「クラウドコンピューティングで何をしたい?」
クラウドコンピューティングやクラウドがバズワードになっている。いきなり余談だがバズワードについてはWikipediaの説明がおもしろい。クラウドは正にバズワードと言える。
いずれにしても、クラウドが何かまったく新しい特定の技術ではないことは明らかだ。
これまでの技術やその応用方法の総称として、それらを改めてクラウドと名づけただけと言ってよい。集大成という言い方もできるが、まだ進化していくので総称とする方がよいだろう。
それについては、先日、越後湯沢で紹介した。ご興味があればそのときの資料を参照していただくとよい。(http://yosihiro.com/speech/#2009-10-09)
そこで、ここではクラウドの定義はあえて限定せずに、いわゆるクラウドと言われている事象を考えてみる。
クラウドは魔法の杖のようなものだ。
魔法の杖が願いを叶えるものだとすれば、何をお願いするかを自分で考えなければ、魔法の杖が何かを与えてくれるわけではない。
いまのところ試みられたクラウドの定義を見てみると、SaaSやPaaSをどう位置づけるかなどの観点が多く、それでは魔法の杖の使い方の決まりごとを書き出しているようなものだ。たとえば、1日に1回だけ魔法をお願いができるとか。ひとり3回までとか。
そのようにクラウドを定義することにはあまり意味がない。
杖の使い方を考えるよりは、杖にどんな願いを叶えてもらうかを考えることに意味がある。
その願いを考えるとき、他の人が叶えてもらった願いを見て、それを真似るのでは芸がない。
ただ、なんでもいいから願いを言ってみて。と言われても、ちょっととまどうことはある。
そんなとき、クラウドという杖を振ると、願いがなくても、とりあえず少しはコスト削減できるかもしれない。
しかし、企業に求められているのは競争力の強化であって、コスト削減は目的ではなくて手段だ。削減したコストで何をするのか。ただ削減して競争力を失えば、コストは下がるが利益も下がる。そして、下がった利益の穴埋めにコスト削減をするという繰り返しでは、企業は弱っていくだけだ。
このとき、クラウドで自社のレベルが下がるわけではないと考えるのは戦略不足だ。
競争力とは相対的なものだ。自社の絶対レベルが下がらない場合でも、競合がクラウドでより効果的な願いを叶えたならば、自社の競合力は相対的に下がることになる。
どれだけストイックに魔法の杖の魔法を絞り出し切るかの戦いが実は始まっている。
勝つためには、他の人が叶えてもらった願いを見て、それを真似るのでは、明らかに勝てない。
考えてみれば、このことはクラウドに始まったわけではなく、これまでのITの利活用そのものだ。クラウドによって変わると予想されるのは、願いが叶う速度の圧倒的な違いだ。
Geoffrey A. Moore 氏がCrossing the ChasmやInside the Tornadoで紹介したようなゴリラとチンパンジーの群れの共存はもはや市場になくなってきている。いまや、市場を作り上げた最初の参入者とせいぜい2番手がその市場を初期の段階でほとんど席巻してしまい3番手では遅い。後から参入したのでは、利益は得られないというパラダイムシフトが1990年代後半から起きたのだ。
このパラダイムシフトの過程にいたCIOと呼ばれる人は、ITに対して、願いを叶える呪文を習得し魔法の杖を使う練習をして経験を積んだ。その頃の杖は願いを叶える速度が遅かったが、うまく呪文を活用したCIOは、IT活用の覇者となった。そして、いま、CEOが試したいビジネスを実現するためのITを一瞬にして立ち上げることができる新しい呪文を唱えられるクラウドという杖を手に入れた。
クラウドが何であるかとかクラウドで何ができるかよりも、どのような要求に応じるためにクラウドが生み出されたかを探求する方が、彼らの経験を知るには近道だろう。
それを知らずしては、競争力が優位になるかを評価できない。
それらを知った上で、より優位に何をしたいのかを考えることで、クラウドを始めて使いこなすことができる
さて、あなたの会社は、クラウドで何をしたいのだろうか?
自分はクラウドを売る立場で自社にクラウドはない・・・そんな会社に未来はない。自分が売っていたはずのクラウドに呑み込まれて消え去るだろう。
願いも考えずに、杖を振っていたら、杖のシモベになるしかない。シモベのうちはまだいいが、やがて、杖はあなたを必要としなくなる。
つまり、クラウド化の成熟度が進んだときに、あなたの仕事はどこに残るのだろうか。
競争力を改善できないコスト削減だけでは、そういう結果をもたらすことになる。
クラウドに支配されるのか、クラウドを見下ろすのかは、canで考えるかwantで考えるか次第かもしれない。
道具である以上は何事もwantで考えなければいけない。
もう一度、しつこく聞いてみる・・・
「クラウドで何をしたいのですか?」
「それによって自社の競争力がどのように強化されるのですか?」
【著作権は、佐藤氏に属します。】