第106号コラム:小向 太郎 理事(株式会社情報通信総合研究所 法制度研究グループ部長 主席研究員)
題:「企業の保有情報はどんな場面で証拠になるのか」
デジタル・フォレンジックとは、電磁的記録を法的な係争の場面で扱うための手法や技術のことと定義されています(特定非営利活動法人デジタル・フォレンジック研究会:https://digitalforensic.jp/)。企業が持っている情報が証拠として扱われる場面として、すぐに思いつくのは次のようなものでしょうか。
(1)企業の犯罪が疑われて、捜査機関による捜査が入る
(2)企業が行った行為が不法行為であるとして民事訴訟が提起される
(3)企業内の不正が疑われるので、従業者に関する情報を収集・保全し、訴訟等に備える
(4)第三者が行った違法行為に関して協力を求められる
まず、「(1)企業の犯罪が疑われて、捜査機関による捜査が入る」や「(2)企業が行った行為が不法行為であるとして民事訴訟が提起される」については、イメージしやすいと思います。場合によりけりではありますが、一大事ですよね。刑事事件の強制捜査(刑事訴訟法218条等)や民事訴訟の裁判所の文書提出命令(民事訴訟法223条)のように、法的な強制力を伴う証拠開示請求には従わなくてはなりません。その他の要請については、当事者として自分が出す証拠を慎重に選んでいくことになると思います。
次に、「(3)第三者が行った違法行為に関して協力を求められる」ケースでは、取引先や従業者に関する情報が対象になる可能性が高いでしょう。この場合も強制力を伴う開示請求であれば粛々と応じるのが原則ですが、任意で協力を求められた場合にどうするかは少し問題です。善良な市民としてはできるだけ協力したいところですが、第三者に関する情報のなかには法律で開示が制限されている場合があります。要請を受けた企業が個人情報取扱事業者であれば個人データの第三者提供が原則として禁止されていますし(個人情報保護法21条)、センシティブな情報をあまり必要がないのに開示すればプライバシー侵害(不法行為責任)を問われる可能性もあります。さらに、個別に守秘義務が定められている場合もあります。例えば「医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人(第1項)」や「宗教、祈祷若しくは祭祀の職にある者」が、業務上知り得た秘密を漏らすことは禁止されています(刑法134条)。もちろん、個人データの第三者提供は「法令に基づく場合」等には許容されますし、医師等の守秘義務も「正当な理由」があれば罪に問われることはありません。それでも無条件に開示しても良いというわけではないということは、意識しておいた方が良いと思います。
以前、医療に関する個人情報と医学研究について調べているときに、この分野で著名な先生にお話を聞きに行ったことがあります。その時、ふと気になって捜査協力について聞いてみました。
筆者「ところで、医療機関が持っている患者さんについての情報は、警察等の捜査に対してはどういった基準で開示しているんでしょうか?」
先生「基準というのは特にないんじゃないですかね」
筆者「お医者さんには刑法で守秘義務が課せられていますよね?任意捜査に協力するときに、悩んだりすることはないんですか?」
先生「いやあ。おまわりさんが言ってくれば、医者としては協力するんじゃないですか」
筆者「なるほど。。。」
誤解のないようにしていただきたいのですが、捜査機関に協力することが悪いと言いたいわけではありません。しかし、警察等の捜査機関からの要請ならどんな情報でも出してしまうということになると、強い社会的責任を求められる医師としてはちょっとまずいかも知れません。また、医師のように特別な義務を課されていない人であっても、第三者に関する情報を保有しているのであれば、その情報について責任を問われる可能性があるのだと言うことは最低限認識する必要があります。少なくとも、相手がどのような立場で要請しているのか、どのような権限に基づいて情報の開示を求めているのかといったことを考慮して、開示することが正当なのかどうかを判断するべきでしょう。
最後にあげた「(3)企業内の不正が疑われるので、従業者に関する情報を収集・保全し、訴訟等に備える」というのは、他のものとは違って自らが訴訟への可能性を探るものです。内部統制への取組が強く求められるようになっていることと相俟って、今後も重要性は増していくでしょう。しかし、この場合も、従業者のプライバシーや個人情報の保護にも十分配慮することが必要です。あらかじめどのような情報を管理のために利用する可能性があるかと言うことについてコンセンサスがないと、結局証拠として使えなくなる可能性もあります。
現代の企業は、第三者に関する情報を大量に保有しています。こういった情報が法的な係争で証拠となる場面は、今後も増えていくでしょう。係争を解決するための証拠開示が、新たな係争の火種にならないような配慮も重要になってくると思います。
【著作権は小向氏に属します】