第107号コラム:中安 一幸 幹事(厚生労働省政策統括官付社会保障担当参事官室主査
/東北大学大学院医学系研究科客員准教授、IDF「医療」分科会主査)
題:「『医療』分科会第7期の活動にあたり」
第7期より「医療」分科会主査を拝命したことを機に、「医療」分科会の今後の活動方針について所感を述べておきたい。
第7期を迎えて「技術」分科会、「法務・監査」分科会におかれては、活動の成果をガイドラインとして公表されたり、書籍として纏められる等、わかりやすい成果が結実しているところであるが、「医療」分科会にあってはまだそこまで達してはいない。
もっとも若い分科会であることももちろんその理由ではあるが、今後の「医療」分科会の活動と成果を構想する際には、分科会の性格というものも思慮に含めなければならない。
医療を業として行っていく上では、診療そのものや保険請求、医療を業とする法人の運営など、種々の法令の支配を受け、各方面からの監査・審査等も受けねばならない。営利を目的としないまでも医療を業とする経営体と見做すならば、企業法務、訴訟対策等の観点から「法務・監査」分科会にて進められている活動の目的と、どこが違うのかということになる。
ターミノロジー(これは専門用語であるから当然としても)、メッセージ構造等の標準が策定されており、そこから参照されるコード体系等にも「医療分野」に特有の決まりごとというものこそあれ、伝達、蓄積、共用するということには既存の情報技術を使うのであるから、フォレンジック技術についても「医療」分科会で開発を試みるという性格のものでもないならば「技術」分科会があれば事足るということになる。
大きく言えば、デジタル・フォレンジックを論ずる上では「法務・監査」分科会は「動機、必然性」、「技術」分科会は「手段、方策」をテーマとしていると考えることができるが、そうすると「医療」分科会設立の必然性は、医療情報の特性と現下の法制等との関係性を十分に吟味した上で、フォレンジック技術の適用可能性を探ることになると考えられる。
では医療分野の特性とは何であろうか。
IT化の波が押し寄せるよりずっと以前から医療というものは「情報」というもので成立してきた。診療のためには患者から問診、聴診、触診、各種の検査などによって「情報」を得て、臨床検査、画像検査、薬剤等のいろいろな部門の担当者に「情報」として指示・伝達するのである。得られた結果を総合的に勘案して診断を下すにこういった「情報処理」が欠かせない。それらをプロセスにしたがって記録した医療情報は、診療の用に供されるとともに、種々の法制の要請により義務的に保存されることとなるが、今日の情報技術の進展は、それら診療情報を様々な形で活用することを可能にした。
元来、診療のために収集され蓄積された診療情報を、医学研究や医療行政、創薬や新しい治療技術の開発等に利活用することは二次的利用と位置付けられることから、その在り方について各方面において種々の議論が進捗中である。
このような議論が起こる背景は、医療情報というものが他の個人情報に比べても非常に機微であり、万一の情報事故などの不都合な事態を起こしてしまえば、その被害の救済も困難であることが想起されるからに他ならない。
昨今のプライヴァシーに関する権利意識の高まりや、医療そのものが訴訟などの法的リスクを抱えることとなりつつある社会情勢に鑑みるならば、医療に関する種々の記録が、現下の法制の要求以上に高い証拠能力を発揮できなければ、医療者がリスクに曝される局面が想定されることも少なくない。
こういった背景から、第7期の「医療」分科会においては、医療分野におけるデジタル・フォレンジックについて制度的・技術的な考察を経て、医療情報に携わる者たちの行動規範としてのガイドラインとして纏めることを目的に、活動方針を以下のとおりとしたいと考えている。
○ 医療におけるデジタル・フォレンジックの考え方及びその重要性への、医療関係者の理解を獲得するため、ワークショップ形式の研究会を開催する
○ 現下の医療情報セキュリティの在り方を評価・考察しつつ、医療分野においてフォレンジック技術が必要となる具体的な事例を抽出する
○ 抽出した事例に対する具体的なデジタル・フォレンジックの適用について考察し、医療分野におけるガイドラインとして確立、公表する
第7期のこれらの活動を通じて、次期以降、医療情報関係者の行動規範として確立したガイドラインは一層の充実を図りつつ、医療のIT化にまつわる種々の政策等への提案とすることを目指すとともに、医療分野におけるデジタル・フォレンジックの普遍化を図る上では、医療機関の理解獲得と導入負担の軽減、安定供給が不可欠であるため、フォレンジック技術の提供者側の持続的・安定的なビジネスモデルの確立も不可欠であると考えねばならないであろう。
これらの取組を進めていく上では「技術」分科会、「法務・監査」分科会の協力を頂くことが不可欠となるため協働をお願いしたいところである。
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