第130号コラム:安冨 潔 副会長(慶應義塾大学大学院 法務研究科・法学部 教授・弁護士)
題:「技術は正直! FD改ざん事件と科学的証拠」

 郵便不正事件に絡む証拠隠滅罪で起訴された大阪地検特捜部元検事のフロッピー・ディスク改ざん事件は,わが国の刑事司法,ことに検察制度の崩壊ともいえる由々しき事態を招来するおそれがある。
デジタル・フォレンジックとの関連については,町村理事のブログで的確な指摘がなされている
http://matimura.cocolog-nifty.com/matimulog/2010/09/forensic-c8fc.html#more2010/09/23YTR3320)。まことにそのとおりである。

 ところで,技術は正直である。技術を使う人がよこしまであれば,技術も結果として不正に利用されることになる。
その不正の痕跡は,フォレンジックによって証拠として保全され,裁判に利用されることになる。

 刑事裁判において,デジタル証拠に限らず,科学技術を活用して得られた証拠(科学的証拠)について,どのような要件があれば,証拠として認められるのか。刑事裁判では,科学的証拠の信頼性が問題となる。「科学的」であるからといって,どんな証拠でも証拠となるわけではない。

 科学的証拠は,その科学的理論と方法の合理性が一般的に承認されていること,そして,その結果の信頼性が認められる場合には,証拠とすることができるとされている。

 アメリカ合衆国では,陪審制が採用されているので,証拠の評価について訓練を受けていない陪審員による事実誤認を回避するために,証拠の許容性の判断は裁判官が行い,許容された証拠に基づいて陪審員が事実の認定をすることとしている。
 そこで,科学的証拠については,古くは「科学的」ということで過大に証拠の価値を評価して,事実を誤認するおそれがないとも限らないので,その科学の専門分野での一般的承認を要するとの立場(Frye v. United States, 293 F.2d 1013 (D.C.Cir. 1923))が採用されていた。しかし,1975年にアメリカ合衆国連邦証拠規則が制定され,関連性のある証拠には許容性が認められ(同規則402条),また,鑑定人は特定の分野において合理的信頼を置き得るようなものを基礎に鑑定意見又は推論を形成することができるとされている(同規則703条)。そして,判例(Daubert v.Merell Dow Pharmaceuticals, Inc., 509 U.S. 579(1993))でも,裁判官が「関連性」と「信用性」の基準に従って判断するという立場が採られている。

 わが国の裁判員裁判は,裁判官と裁判員とが協働して,事実認定と量刑を行うものであるので,アメリカ合衆国の陪審裁判のように陪審員のみが事実認定を行うのとは異なり,科学的証拠の証拠能力について同様に考えることはできないであろう。

 いずれにせよ,今後は,刑事裁判だけでなく,さまざまな分野で,デジタル・フォレンジックを利用した証拠の信頼性を確保するための原理と手順がますます重要となってこよう(https://digitalforensic.jp/eximgs/100405gijutsu.pdf)。

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