第132号コラム:守本 正宏 理事(株式会社UBIC 代表取締役社長、IDF理事)
題:「グローバルな企業戦略におけるデジタル・フォレンジックの役割について」
サブプライムローン問題に端を発する世界同時不況は一旦終息したかのように見えましたが、ギリシャ問題がクローズアップされるや否や再び世界経済は先行き不安定な状況になりました。ギリシャ問題は金融システムの問題ではなく国家規模の赤字問題であるため、一時的に処置をしても根本の原因を治療できない限り、赤字が再生されるという問題です。現在は、先行き懸念が少し後退しているとはいえ、根本の治療には非常に長い時間と厳しい努力が要されるものであり、また同様の問題はスペインでも発生し、その後、各国の通貨安合戦なども始まり、今後どのような影響を世界経済に及ぼすかは予断を許さない状況だといえます。
経済が低迷しているような中でも、世界に進出している企業にはさまざまな深刻な法的問題に直面しています。たとえば、トヨタ自動車をめぐる「意図しない急加速」の問題や、メキシコ湾原油流出事故、日本の製造メーカー数社に対する価格カルテルの疑義、あるいは世界的企業同士の合併に対する競争法対応などです。
このような問題が発生した場合、一般的に皆さんが想像するのは、企業の責任者、訴訟担当者、もしくは企業の代理人である弁護士(このコラムでいう弁護士は主に米国弁護士をさします。)が、法廷の場やあるいは米国議会の公聴会などで対応している姿です。しかしながら、実際に必要な作業はそれだけではもちろんありません。実は費用的、時間的、労力的にかなりの部分を占めるのは、これらの問題に対応するための情報収集、解析、分析(閲覧)、報告(提出)という一連の証拠開示作業です。これらの作業はほとんどというか全く報道されていませんのでほとんどの日本人は知らないことだと思いますが、先ほどあげた全ての案件で行われています。重要な案件では必ずと言っていいほど実施されますし、和解するにしても判決までいくにしても避けて通れない重要な手続きなのです。
もう少し具体的にお話ししますと、開示対象となるものはたとえばこれらの案件に関連している人のパソコンやアクセスできるサーバーなどに残されているEメールやその他のユーザーの作成文書が対象になります。対象となる人は、案件に関連している人や必要に応じて取締役や社長も含まれることがあります。
ちなみに提出先は、独禁法、価格カルテルや製品安全などの問題では政府当局に対して提出します。その他民事訴訟では、相互に証拠開示を行います。調査側が知りたいことは、調査対象者が意図的に実行したのかどうか?ということで、実際に調査の主な目的はその証拠を探して見つけ出す。あるいは存在していなかった。ということを明確にすることになります。また、証拠開示作業を正確かつ早期に対応することにより、結果的に問題からくるダメージを最小限にして、企業の本来内の事業活動の継続性を維持することに寄与することができます。
このような大量かつ複雑な処理が必要なデータを弁護士だけで対応することは不可能ですので、このようなデータを適切かつ迅速に処理するためにデジタル・フォレンジックが応用されているのです。
しかしながら、企業内の重要な人達の重要なデータを取り扱うのに、日本をはじめとするアジア企業はほとんどの場合において全て弁護士任せにしていました。ただし、前述いたしましたとおり、弁護士自身での対応はほとんどできませんので、外部の専門業者に委託することになります。しかし、ほとんどのアジア企業の訴訟担当者が、証拠開示作業を弁護士に一任しています。当然、弁護士は実際には全て外部業者に丸投げになります。その結果、誰がどのようにどこでデータを処理しているのかを企業側が知らないというのが現状なのです。日本企業が情報セキュリティを重要視してきたことを考えると、とても重要なデータの処理に関して何も把握していないとは、にわかに信じられませんが、実はこのようなケースは少なくありません。
また、このことは決して法務部体制が小規模な中小企業だけの問題ではありません。大企業にとっても基本的に弁護士に丸投げしている状態であるため、日本の全ての大企業で対応体制や知識ノウハウはないといっても過言ではないというのが現状です。
加えて重要なことは国際的な法的問題に直面する企業は決して悪い企業だというわけではない。ということです。なぜなら国際的な法的問題は企業活動として海外進出、新製品開発、M&A、投資活動などの成長戦略を活発に実行していけば、必ず直面する問題だからです。すなわち積極的にグローバルに成長戦略を実行しているよい企業ほどこのような法的問題に直面しやすいということです。(大リーグでブーイングを受ける選手ほど周りが認めている。というのと同じ(?)でしょうか。)
せっかく企業が安定的な成長を目指してグローバルに展開していても、法的問題発生によりダメージを受け、戦略実行が停滞したり、戦略そのものの撤退を余儀なくされてはその被害は尋常ではありません。
企業は自らの成長戦略を維持していくために、法的問題が発生することは大前提として、法的問題対応を企業戦略に取り組み、どのような作業が要求されて、具体的に誰が何をどのように対応すべきなのかを熟知して、自ら判断して対応できる体制が重要になると考えます。そしてそのなかでも法的問題対応には欠かせないデジタル・フォレンジックに関する知識とノウハウはグローバル社会で活躍するために今後ますます重要な要素になってきます。
【著作権は守本氏に属します】