第133号コラム:佐藤 慶浩 理事(日本ヒューレットパッカード株式会社 個人情報保護対策室 室長)
題:「『アクセス巡回の自動化プログラムと業務妨害罪(115号コラム)』への返答」
このコラムでは、第115号コラムの「アクセス巡回の自動化プログラムと業務妨害罪」に返信したいと思う。先のコラムでは、法律の専門家である石井徹哉理事から、技術者に対して、サーバの停止事故があったときに、それがクライアント側ソフトウェアによる過度の要求なのか、サーバ側のソフトウェアの不備なのかについて、裁判の証拠として利用できるような以下の評価や判断基準を考えることができるかという問いかけをいただいた。
問1.ソフトウェアに対する技術的評価に対する理論的枠組み
問2.ソフトウェアの害悪性・有害性に対する評価の可能性
問3.フォレンジックの原点:科学的知見の法廷証拠への活用
これらの問いかけに答えるべく、当研究会では情報ネットワーク法学会との共催で9月18日と11月11日の2回、会員以外も含めてそれぞれ約50名の参加者とともに、合計5時間20分間に及ぶ座談会を開催した。
結論からすると、時間の制約で、問2と問3については直接の検討はできなかった。
残る問1については、一般的なものとして既存のものがあるかについては、参加者の中で思い当たるものはなかった。しかし、ソフトウェアを特定のものに限った上で、その使用条件を限定するなどすれば、基準を示すことができる場合もあるかもしれないとの意見があった。例えば、サーバ側ソフトウェアについて、開発終了時に実施すべき負荷試験のアクセス量を決め、それと同じ試験を事故発生時に行うことで、不備がないかを確認することである。ただし、そのアクセス量を一意に決めるのは容易ではない。
また、参加者からは、仮に何らかの範囲や条件下での判断基準を示した場合には、その基準が特定の条件に限定することや、語尾を断定的ではない表現に和らげることをいくらしたとしても、基準部分だけが誤解されて用いられることが懸念されるとの意見もあった。そのような限定的な基準であれば、むしろ示されるべきではなく、すべての事案を個別に判断する方がよいのではないかということである。
振り返ってみると、石井理事の知るところでは、librahack事件についてサーバ側ソフトウェアの問題という意見と、必ずしもそう言い切れないという意見の技術者もいるとのことで、そのために、今回の問いかけが生じて、意見が割れないような基準を設けられないかということであった。しかし、librahack事件においては、サーバ側のソフトウェアの不備であることは、捜査時点はともかく、現時点ではかなり明確になっている。恐らく、サーバ側ソフトウェアの問題ではない可能性があると意見した技術者は、事件の詳細を具体的に確認することなく、一般的な意見を述べているのではないかと推察する。
その意味では、先の懸念が顕在化しているとも言える。この種の事故については、個別の事案を具体的に調べて、その調査結果から、判断するのが適当ということになる。調査結果で判断できるなら、その判断基準が示せるのでは?と思われるかもしれないが、これらソフトウェアの目的や使用条件は一様ではなく、その基準を示すのは千差万別になってしまい基準とは言えなくなってしまうかもしれない。
以上のとおり、石井理事からの問いかけには、いずれも現時点ですぐに回答できるものはないと考えられ、また、今後策定することの意義や現実性についても、あまり肯定的な意見は本座談会では得られなかった。
一方で、これらの問いへの回答がないことは、今後、現象として同様のサーバ停止事故が起きた場合に、それを刑事事件として取り扱う場合の課題があるということになる。
座談会では、医療裁判において、証人として専門家が意見する場面との対比が取り上げられたが、医療裁判での被告人は有資格者であり、知っているべき専門知識の基準があった上で、専門家意見の根拠が示される。そのため、サーバ停止事件で、ITの利用者が被告になった場合に、その図式をそのままあてはめることはできそうにない。
いずれにしても、技術者として明確になったことを、それを技術者以外の人にもわかるように説明する工夫をできないと、技術者の間で意見が別れていると誤解されてしまうので、わかりやすい説明をすることが必要である。
座談会では、問いかけに対して期待する回答とはならなかったものの、これらの点について、範囲や条件を設定するなどして、今後も法律の専門家と技術者双方の意見交換をすることは有意義であると思われる。
ここでは、座談会で出た意見のうち、第115号コラムの問いかけに関係することを紹介したが、その他にも、さまざまな意見交換が行われた。ITシステム開発と運用、保守における問題が潜在的にあるが、今回もその点が浮き彫りになったりもした。
ご興味があれば、座談会の様子の動画記録を当研究会のホームページから参照することができる。
末筆ですが、座談会に参加していただいたみなさまに改めてお礼を申し上げます。ありがとうございました。
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