第177号コラム:熊平 美香 監事(一般財団法人クマヒラセキュリティ財団 専務理事)
題:「主体性と社会性が安全な社会を作る」

幸福なオランダの子どもたち
オランダの教育が世界で注目されています。ユニセフの「先進国の子供の幸福度調査(2007年)」では、オランダが総合一位に選ばれました。これをもとにアメリカの雑誌ニューズウィーク(2008年12月10日号)は「オランダの子供たちが世界一幸せな理由」という特集記事を掲載しました。無論、子どもたちの幸福は、ワークシェアリングの制度によって、親子が接触する機会が多いという家庭事情にもよりますが、それだけではなく、学校のあり方、子どもの生活空間としての学校づくりが、大きく影響しています。オランダの学校づくりの秘訣を知りたく思い、今年4月にオランダを訪問しました。特に印象的だったのは、オランダのシチズンシップ教育「ピースフルスクール」です。オランダ、ユトレヒト市にあるピースフルスクールを訪問した際に体験した事例をご紹介します。

ピースフルスクール
「ピースフルスクール」は、すでに10年間の経験を持つシチズンシップ教育のプログラムで、オランダで最も成功しており、約600校の学校で採用されているプログラムです。
オランダでは、秩序の崩壊や生徒の行動面での問題により授業が妨害されることが度重なり、1999年にエデュニク社が学校風土や教室の雰囲気の改善を目標に、プログラムを開発しました。生徒によるコンフリクトの解決と生徒自身が仲裁役を務めることが特徴で、コンフリクトの解決を発端として、学校やクラスを民主的な共同体へ変えていくことを目標としています。

子供自身が喧嘩の仲裁役になる
ピースフルスクールでは、喧嘩の仲裁役を子供たち自身が担っています。仲裁役は上級生の12名が担当します。毎日、男子1人と女子1人の2名が仲裁役を務めます。仲裁役に選ばれるためには、「なぜ私は仲裁役を務めたいのか?」というレポートを書く必要があります。審査により選ばれた仲裁役には、特別なトレーニングが用意されています。

1階のロビーには今日の仲裁役の写真が掲示され、仲裁役は、休み時間に仲裁役の帽子をかぶり、校庭に立ちます。そして、喧嘩をしている子供たちを見つけたら、仲裁を行うという仕組みです。仲裁役は当事者を座らせると、まず、仲裁の流れとルールを説明します。当事者同士が、とても感情的になっている時には話を始めずに待ちます。当事者の感情が落ち着いたら、一人ずつに何が起きたのかという事実関係を話してもらいます。話し終えたら、その内容を要約し、自分たちが正しく理解しているかを当事者に確認します。そして、次に、当事者が相手の意見を聞き、お互いの気持ちを理解する時間を作ります。「相手は今どんな気持ちだと思うのか?」に答えられないと、席を移動して、相手の座っていた椅子に座り、相手の立場を想像してもらいます。
このようにして、お互いの考えや気持ちを理解する過程を通じて、感情や対立に対処する方法を習得します。この際、仲裁役は、どちらにも公平に関わることが重要です。学校訪問時、2人の優秀な仲裁役にインタビューをさせていただきました。子供らしい笑顔を見せながらも、落ち着いて静かに話す様子は、小学5年生とは思えない落ち着きでした。

ピースフルスクールによるシチズンシップ教育の魅力的なところは、スキルや知識としてシチズンシップを学ぶのではなく、学校の文化として先生と生徒が、それを体現しているところです。さらに、親や地域にまでこの活動が発展していることも特徴です。子供たちは、家庭で親が喧嘩をしていると、「仲裁役をやりましょうか?」と真顔で聞くそうです。以前は、街の中で喧嘩を見つけると、「どうしたのですか?」と、仲裁に入ろうとしたそうですが、大人の喧嘩に介入するのはとても危険なことなので、現在では、自分より年下の子供に対してのみ、学校の外では仲裁をしてよいというルールを作りました。また、最近では、学校の外にあるコミュニティ全体にも、ピースフルスクールの仕組みを導入する試みがスタートしています。
 
主体性・社会性を育む教育
子供たちは、シチズンシップ教育を通じて、集団活動において、対立が起きることは自然なことであり、決定の際には、全員の希望は通らないことを学びます。日本では、空気を読んで発言をとどめることや、我慢することで調和を保つという共同体におけるマナーを習得するのに対して、ピースフルスクールの子供たちは、自らの意見を明確に持ち、悲しい時には自分の気持ちを伝え、いやな時にはノーと言う練習をします。また、他者の気持ちに共感することや、他者の話を聞く練習をします。そのうえで、対立に対しては主体的に問題解決をすることを学びます。このような練習をしているので、子供同士のいじめの問題解決の仕方も日本とは様子が違います。いじめられていると感じた子供は、自らそのことを相手や先生に伝えます。そのうえで、どのように接してほしいのかを明らかにし、自ら、自己を守る練習をします。先生も、その様子を常に見守ります。

ピースフルスクールを見学し、オランダの民主的な社会は子供の頃からの主体性を育む教育の上に成り立っていることを学びました。また、子供たちに、社会性を教えることで初めて、主体性が生かされることも理解しました。社会性も主体性も、私たち日本人が、歴史的、文化的に適合しないという理由から避けてきたテーマです。21世紀を生きる子どもたちは、日本人としての誇りを持つとともに、地球市民として社会に貢献することが求められます。そう考えると、日本においても、新しい視点で主体性や社会性を育む必要があるのではないでしょうか。

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