第189号コラム:秋山 昌範 理事(東京大学政策ビジョン研究センター 教授)
題:「個人情報利活用と情報セキュリティ」
未曽有の大災害のあった本年も、後5日を残すばかりとなった。一方で、高齢者率21%を超える世界一の超高齢社会を迎えた我が国では、財政難も加わり、高福祉社会が崩れようとしている。日本は平均寿命が長く、それを支える国民皆保険は優れた仕組みである。身分差がない上に所得の多寡に関わらずすべての国民が等しく世界最高水準の医療が受けられるため、他国であれば十分な医療を受けられない可能性がある人でも治る仕組みになっている。例えば、糖尿病性腎不全で透析を受けている方が、がん等の難病にかかった場合でも、治癒できるのである。その結果、複数の病気を持つ高齢者が多い世界一の超高齢社会になった。
一方、現状では、年金・介護・医療のIDがそれぞれ異なり名寄せができないため、高齢者が年金、医療、介護をどれだけ受けているのか正確に把握できず、社会保障資源の最適化の議論ができていない。財政難から歳出削減や増税等の議論が必要であるが、国民全体を巻き込んだ議論になっていない一因には、将来予測に必要なシミュレーションの正確性が低いことにもあるだろう。
2000年の介護保険導入やその後の医療制度改革など、現在の医療福祉の仕組みは20世紀と大きく変わっている。以前の医療モデルでは、病院での治療の後、元気になってから退院していたが、近年は完全に回復していない患者でも療養病床に転院したり、在宅通院するよう制度改正され、在宅医療や介護の重要性が高まっている。しかし、健保を含む医療保険と介護保険はそれぞれ独立した制度であるため、制度間の狭間が生じている。病院のみならず、在宅介護データも極めて重要な医療データであるが、現在では、現場での看護・介護情報を記録した手書きの「ノート」が活用されているのが実態である。
21世紀の医療福祉モデルにおいては、在宅の介護情報も含め、複数の事業者間のデータの共有や連携ならびに複数の保険制度の組み合わせが重要になる。今後は、番号制度を導入するとともに、「ノート」のICT化を進め、さらに入力の必要がないセンサーの開発・活用等が求められる。センサーは、医療スタッフのいない被災地の医療にも役立つであろう。
一方、米国とEU間で、2010年12月にヘルスケアに関する情報およびアーキテクチャーの共有を目的としたeHealth協力協定を締結し、WHOも途上国にこの枠組みを提供しようとしているが、日本はこの枠組みに入っていない。欧米の「医療クラウド」モデルは、PHR(Personal Health Record)で、病院や診療所、患者の居宅、製薬会社などを一気通貫で捉えようとするものである。この連携を従来のICTシステムで行うと莫大な費用がかかるため、プライバシー、セキュリティ、課金等の課題を解決し、クラウドで仮想化・可視化していく必要がある。
我が国でも、スマートフォンなどの端末を使い体調管理をする仕組みなどが、「災害復旧・復興や成長に向けたICTの利活用のあり方」として、各処から提言されている。周知のように、高齢化社会ではICTを利活用した医療介護連携が極めて重要であり、復興と成長に向けたICTの役割は極めて大きい。そこでは、データの一次利用のセキュリティのみならず、個人情報を含むデータの二次利用まで含めた情報セキュリティが必要である。今までのセキュリティは、建物等の入退室制限等の物理的セキュリティに大きく依存してきた。しかし、モバイルに依存する場面では、これまでの建物等ハード依存のセキュリティではなく、ソフト依存の情報セキュリティが重要である。そのためにも、来年以降は医療界の外まで巻き込んだ国民的議論が必要になってくるだろう。その場の一つとして、本研究会が役目を果たすよう協力していきたいと思う。
最後になりましたが、震災に遭われたすべての方々の今後のご多幸を祈念するとともに、いつも素晴らしい運営をしてくださっている本研究会の事務局の方々に、御礼申し上げます。皆さま、良いお年をお迎えください。
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