第231号コラム:須川 賢洋 理事(新潟大学大学院 現代社会文化研究科・法学部 助教)
題:「著作権法改正に関する雑感」

 この10月1日から改正著作権法が施行されたことをご存じの方も多いであろう。ネットワーカーの間では「ダウンロード刑罰化」と言われているものだ。この表現はもちろん正しいものではなく、「海賊版ダウンロード刑罰化」や「違法にアップロードされた複製物のダウンロード刑罰化」といったような表現が正しい。つまりは、著作権者の許諾なくネット上にアップロードされた音楽や動画をダウンロードして自己のHDDなどのストレージに保存(コピー)するような行為について、罰則を導入したものである。

 このような違法アップロード・コンテンツをダウンロードする行為は、三年前の法改正時に第30条1項3号を追加し違法となったが、この時は罰則を伴わなかった(不可罰であった)。それを今年の6月の法改正で可罰化した。

 法律条文としては、罰則を規定する119条に第3項として「第三十条第一項に定める私的使用の目的をもつて、有償著作物等(録音され、又は録画された著作物又は実演等(著作権又は著作隣接権の目的となつているものに限る。)であつて、有償で公衆に提供され、又は提示されているもの(その提供又は提示が著作権又は著作隣接権を侵害しないものに限る。)をいう。)の著作権又は著作隣接権を侵害する自動公衆送信(国外で行われる自動公衆送信であつて、国内で行われたとしたならば著作権又は著作隣接権の侵害となるべきものを含む。)を受信して行うデジタル方式の録音又は録画を、自らその事実を知りながら行つて著作権又は著作隣接権を侵害した者は、二年以下の懲役若しくは二百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」という文言を追加したものである。

 この法律の理解をややこしくしているのは、これが、誰もが一度は耳にしたことのある「私的複製」に絡む事項だからである。この「私的複製」という言葉は著作権法の条文上は実はかなり複雑な法理として成立している。「私的に使う場合には自由にコピーできる“権利をユーザが有する”」と捉えている人も多くいると思うが、これは間違いで、著作権法上は「私的複製領域に関しては著作権者は著作権を主張できない」という法理になっている。これを専門用語で「権利制限規定」と言う。ダウンロード違法化とは「権利制限の範囲を狭める」、つまり「権利制限の制限をする」という立法である。=(イコール)「作者等が権利を主張することができる領域を本来の方向に広げて戻す」ということになる。この二重否定のような論法が、一般の人には分かりづらいものとなっている。

 つまりは、「海賊版のダウンロードも私的複製のうちだったけど、これからは私的複製の範囲から外しますよ。」ということにしたのが2009年の改正で、さらに「これからは刑罰もあり得ますよ。」としたのが今年の改正となる。

 このややこしい論理の結果、刑罰を付与する際に設けた「有罪となる条件」が上述の119条3項である。これも条文を読んだだけではすぐにピンとくるものではない。『多くの人が「有償著作物」って具体的にどんなものを指すの?』と思うはずである。法律を主管する文化庁では、これらを分かり易く解説するために、
『違法ダウンロードの刑事罰化についてのQ&A』
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/download_qa/index.html
という解説ページを設けている。こちらをぜひ一読していただきたい。単にテレビ放送されただけでDVD化や有料オンデマンド配信されていないものは有償著作物に当たらないことや、YouTubeなどをただ閲覧するだけの場合も本法に該当しないことが示されている。

 しかしながら、このQ&Aを見ただけで全ての疑問が解消されるわけでもなく、また現実に起きている問題を解決できるわけではない。以下に、個人的な雑感としていくつかのことを述べてみたい。

 まず第一に、(これは多くの人が言っていることであるが)実際にこの条文をどのように運用するのか?ということ。ご存じのとおり、著作権侵害は親告罪である。権利者から著作権を侵害されたとの訴えがあってはじめて犯罪となる。とすれば今回の海賊版ダウンロードは、どのようにして犯罪を立件するのか?ということが不明確である。何らかの調査のついでにHDD上にファイルがあった人が御用になるのか否か、といった考察がなされうる。

 また、これは先日開催された情報処理学会「電子化知的財産権と社会基盤研究会」内であがった意見であるが、本法の施行によって例えば「海賊版ダウンロードサイトなどを開設している人間を捕まえるために、まずダウンロードした人間を先に捕まえる」というような本末転倒のような危険が出てくるのではないか?といったものがあった。

 その一方で、親が子供の携帯電話のフィルタリングを解除し、海賊版の着メロサイトからお金を払わずにできるダウンロードを奨めるなどといった不届きな親も多く存在する。こういった人間を懲らしめるには今回の法改正は良いとは思われるが、この場合でも問題があるのは、実際に有罪となるのはダウンロード行為を行った子供のほうであり、本来制裁を受けるべき親ではないということになる。

 では、この法改正がコンテンツ市場に与える影響という側面からはどうなのであろう?ネット上における海賊版MP3ファイルの反乱が音楽CDの売り上げを落としているという論点に関しては、はっきりとした根拠がないので今回は触れない。筆者がむしろ問題としているのは、本法の範囲が「録音・録画物」に限定していることである。筆者は、今のネット上の違法コピーで問題になっているのは、むしろ書籍やコンピュータ・プログラム(いわゆるWarezなど)だと考えている。特に、著名漫画(コミック)や有名アイドルの写真集などは、発売と同時、どうかすると発売前にネット上にスキャナーで撮った複製物が出回ってしまう。これらデジタル・コンテンツを用いた立国を目指すというのが政府戦略であれば、むしろこちらへの対策を急ぐべきである。

 最後にもう一点。今回の法改正では、この海賊版ダウンロード刑罰化の陰に隠れてあまり論じられていない他の改正点がある。その一つがいわゆる「DVDのリッピングの禁止」。実はこれも私的複製の権利制限の範囲を狭めることによって実現している。しかしながら、今期改正では、違法な行為とは見なされるようになったが罰則はない。だが、危惧されるのは、これも今回の海賊版ダウンロードと同様に2、3年後の法改正で可罰化されることである。

 筆者は、時代に合わせて私的複製の権利制限の範囲を変えていくこと自体は悪いことではないと思っている。そもそもこのような規定が設けられたのは、(1)家庭内などで行われる複製までを把握することが困難(2)その影響が微細である、といった理由に起因する。デジタル時代・ネットワーク時代になってこの既成事実が大きく崩れてしまったこともまた事実である。それ故、私的複製の際の権利制限規定は見直されなければならない時期に来ているともいえる。しかしながら、その為には、一般ユーザでも容易に行うことのできる権利処理システムや少額の決済システムなどをハード・ソフト面の両方から整備することが不可欠であり、それらが整って初めて、権利制限は制限されるべきである。「必要であれば料金は払うから使わせて欲しい、コピーして手元においておきたい!」という考えの善良なユーザが、それを希望してもその手段が乏しいのが現実なのではないだろうか…?

【著作権は須川氏に属します】