第246号コラム:橋本 豪 氏(西村あさひ法律事務所 弁護士、IDF会員)
題:「eディスカバリ雑感 -実務家の視点から、最初の数年を振り返って」
2006年に米国連邦民事訴訟規則が改正され、eディスカバリ関連の規定が盛り込まれてから、早や6年以上の月日が経ちました。その間、東京を活動の拠点としながら米国訴訟に携わってきたものとして、本コラムの執筆の機会を頂いた際に、これまでeディスカバリについて、筆者が見聞、経験してきたところをここで振り返ってみることも無駄ではないのではないか、考えましたので、以下に記してみたいと思います。いわゆる独断と偏見に満ちたミクロ的な備忘録でございますので、マクロ的な観点からご覧頂くと、バイアスがある虞がかなりあるであろうと危惧しますが、ご容赦のほどを…。なお以下では、特に断らない限り、米国における、米国連邦民事訴訟規則を前提とした記述であること、お含み置き頂ければと存じます。
厳密に言うと、題にあります「最初の数年を振り返って」というのは不正確かもしれません。というのも、民事に限ってみても、2006年よりかなり以前から、訴訟実務として裁判所と弁護士とが共同で、膨張し続ける電子データにどのように対処していくべきか苦慮しつつ、事実上のルールを作ろうとしていたのも事実だからです。たとえば、この分野で初期の判決として名高いZubulake 判決などは、上述の2006年改正以前の裁判所の判断(※1)です。米国法におけるディスカバリの対象範囲が、もともと非常に広いことともあいまって、実は、かなり前から対応に苦慮していた法律家の側からの、急速に発展する情報技術に対する答えが、2006年改正であったとも考えられるでしょう。ですから、「最初の数年」は便宜上そう申し上げたということでご理解いただければと思います。
2006年の改正のあと、東京でも、かなりの数のeディスカバリ関連セミナーが開催されたのを覚えていらっしゃいますでしょうか。米国の法律事務所の東京オフィスを中心にそのようなセミナーが行われたわけですが、その数も数年経ってみるとかなり落ち着いてきたように思われます。一つの大きな理由は、米国法律事務所の東京オフィスの弁護士は企業法務弁護士が多数を占め、訴訟弁護士はどちらかといえば少数派であった、ということもあるかと思いますが、それと同時に、若干は「のどもと過ぎれば」という気味もあるのも事実でしょう。
実務の観点からは、上記の二つの理由に加えて、eディスカバリに関する情報がかなりの程度いきわたり、eディスカバリ自体、訴訟が起きたときにはルーティンとして予期すべきもの、という理解が広くもたれるようになったこともあると思います。IDFなどの組織による啓蒙活動も功を奏してきているのだろう、と実感しております。実際、訴訟が開始されたときに、電子情報が証拠及び関連情報(※2)のかなりの部分を占める場合に、訴訟サポートのための専門家を訴訟チームに加えることは、ごくごく当たり前のこととなってきていますし、訴状を受け取った依頼者の方々との最初の会議において、eディスカバリについて依頼者の方々から言及があることもかなり多くなりました。
このような流れの中で、ルーティン化した部分のeディスカバリの作業については、いわばコモディティ化ともいえる状況も生じてきているように思います。そのため、この分野のeディスカバリ業務については、料金に対する割引のプレッシャーも強くなってきているように思いますし、それと軌を一にするように訴訟サポートの側も、ソフトウェアで対応しうる作業の範囲を拡大する(※3)ことで、コストの削減を図ることが常態となってきています。一方で、eディスカバリのマーケット自体は、2010年から2017年までの間に、年平均成長率で10数パーセントの伸びを示すという予測(※4)もあり、筆者としては、利益率もさることながら、シェアの争いとなるのだろうな、という感覚を持っています。訴訟サポート企業も合従連衡、場合によっては淘汰が、大分進みました。
それでは、今後の展望は、というところですが、実務家の観点から筆者としては以下の2点に注力していきたいと考えています。第一に、今後問題となってくるであろう、情報の質に関する問題です。すなわち、連邦民事訴訟規則の対応をご覧頂ければご理解頂けるように、これまでのeディスカバリが、基本的には、量的に急増する情報にどのように対処するか、という方向性であったところから、次の段階として、大量の情報の整理だけではなく、そこからどのような情報を取ってくるか、という、情報の高度な解析の問題となってくるのではないか、と筆者は考えています。その萌芽的な問題意識は、当然eディスカバリの初期からあったわけですが、漸く技術の側も、それを使う人間の側も次のステップに本格的に移るだけの準備ができた、ということか、と思います。この点たとえば、本コラム第243号において、木原京一幹事が論じられているところ、まさしく正鵠を射た議論と敬服しております。
第二点目は、実はあまりeディスカバリとは直接関係がないところとなりますが、eディスカバリではなく、ディスカバリ、というものについて今一度米国訴訟制度についての情報提供、という観点から取り組んでみたいと考えております。日常、依頼者の方々からお話を伺うと、どうもディスカバリというものを飛び越して、最初にeディスカバリから情報に接したという依頼者の方が多いように感じます。eディスカバリとは申せ、ディスカバリであることには違いがありません。ところが、米国におけるディスカバリは、非常に特殊な制度ですから、ディスカバリの理解があってその後にeディスカバリ、というのが順序のように思えるのです。したがって、しばしば理解不能(と申しますか理不尽と申しますか)とも思える米国の訴訟制度について、正確な情報を依頼者の方々に提供していく、という努力の一貫としてディスカバリを語り、その部分集合としてのeディスカバリを考えてまいりたいと思います。
結局、ディスカバリを考えるにあたってのキーワードは、“fairness”であり、“bad faith”であると思うのであり、そのような米国人の心性の奥底を如何に依頼者の皆さんにお伝えできるか、たとえば、米国人の子供が、身を震わせて怒るような状況にあって、何故“That’s not fair!”という言葉を選ぶのか、という感覚的なところまでお伝えするにはどうすればよいのか、といったところまで踏み込んでまいりたいと考えております。
やはり、法律はすぐれて文化的なものだな、と思う今日この頃であります。(了)
※1 たとえばZubulake I といわれる判決は2003年のもの。See, Zubulake v. UBS Warburg LLC, 217 F.R.D. 309 (S.D.N.Y. 2003).
※2 ディスカバリは証拠開示と訳されることが多いのですが、連邦民事訴訟規則の文言上は証拠のみならず証拠に関連した情報もその開示の対象となりうるので、このようなくどい言い方を致しました。
※3 ニューヨークタイムズ電子版, “Armies of Expensive Lawyers, Replaced by Cheaper Software”(2011年3月4日, http://www.nytimes.com/2011/03/05/science/05legal.html?pagewanted=all&_r=0)
※4 PR Newswire, “eDiscovery (Software and Service) Market is Expected to Reach USD 9.9 Billion Globally in 2017: Transparency Market Research ” (2012年8月8日http://www.prnewswire.com/news-releases/ediscovery-software-and-service-market-is-expected-to-reach-usd-99-billion-globally-in-2017-transparency-market-research-165395436.html)
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