第255号コラム:安冨 潔 副会長(慶應義塾大学大学院 法務研究科 教授、弁護士)
題:「デジタル・フォレンジックの黎明期からの発展 ― 「デジタル・フォレンジック」ってなに?」
デジタル・フォレンジック、最近では、様々な分野で知られるようになってきたものの、約10年前には、専門家の間では別にして、社会一般ではほとんど知られていなかったように思い出される。わたくしも、当研究会設立にあたって。お誘いをうけたとき、デジタル・フォレンジックってなんなのという印象をもったことが思い出されます。お話を伺っていくうちに、このような技術が活用されるようになれば、犯罪捜査や刑事裁判で大いに役に立つだろうなと思いました。しかし、法律の分野においてどこまで浸透して、実務で利用され、裁判や法的リスク管理に活用されるようになるのか、法律の世界で、新規性の技術への関心について懸念も感じました。
あれから10年あまり、研究会の熱心な活動もあり、今日では、デジタル・フォレンジックという言葉が、社会に定着してきたことは、研究会に関わってきた者としては、まことにうれしいことです。
当初は、もっぱらコンピュータのハードディスクに蔵置された電磁的記録の解析において用いられていたデジタル・フォレンジック技術も、昨今は、ネットワーク・フォレンジックやモバイル・フォレンジックなどにまで広がって、ますますその重要性がましてきています。
また、毎年12月に開催される研究会の「コミュニティ」のテーマをみても、
2004年 第1回「デジタル・フォレンジックの目指すもの-安全・安心な情報化社会実現への挑戦-」
2005年 第2回「デジタル・フォレンジックの新たな展開-コンプライアンス、内部統制、個人情報保護のための技術基盤-」
2006年 第3回「J-SOX時代のデジタル・フォレンジック-信頼される企業・組織経営のために-」
2007年 第4回「リーガルテクノロジーを見据えたフォレンジック-IT社会における訴訟支援・証拠開示支援-」
2008年 第5回「グローバル化に対応したデジタル・フォレンジック-ITリスクに備え、信頼社会を支える技術基盤-」
2009年 第6回「事故対応社会におけるデジタル・フォレンジック-それでも起こる情報漏洩に備える-」
2010年 第7回「生存・成長戦略を支えるデジタル・フォレンジック-事業リスクを低減する技術基盤-」
2011年 第8回「実務適用が広まったデジタル・フォレンジック-事例・実務紹介から学ぶ-」
2012年 第9回「企業活動のグローバル化にともナウデジタル・フォレンジック基盤の確立-今、必要なリスク対策を考える-」
と、その時勢を意識しつつ、デジタル・フォレンジックの普及・啓発への努力をしてきた足跡が窺えます。
しかし、残念なことに、まだまだデジタル・フォレンジックの利活用とその有用性について、わが国では、十分周知されている状況にはないように思われます。
情報通信システムのインテグリティを確保するために、デジタル・フォレンジックが有用であることはいうまでもないことですが、インフラストラクチャーとしての情報システムに依拠している企業の経営層をはじめ、組織の運営者、医療関係者など、いまだ十分にその重要性に気づいていないのではないかと思うことも多いです。
さらに、法曹においては、アメリカ合衆国連邦証拠規則が改正され、いわゆるe-Discoveryが日常的に訴訟手続きとして利用されているのにくらべ、日本では、法制度が異なるとはいえ、デジタル・フォレンジックを用いて証拠保全をしたり、その結果を証拠とした証拠開示に利用されることは浸透していないといってよいでしょう。もっとも、犯罪捜査においては、警察がサイバー犯罪だけでなく、さまざまな犯罪の証拠収集に積極的に利用していますが、誤認逮捕の例を思い浮かべると、まだまだ第1線の捜査官にはその利用について留意すべきことなど十分な知識があるとはいえないでしょう。刑事裁判では、検察官や裁判官も、最近になって、ようやくその重要性について関心を持ち始めたようですが、民事裁判では、原告・被告の代理人弁護士や裁判官がどこまで証拠保全などに利活用しようとするのかは、これからといえるでしょう。
情報社会は、ビッグ・データやクラウドなど環境の変改に伴い、今後いっそう発展してくことと思います。その際、デジタル・フォレンジックがさらに社会に浸透して、訴訟だけでなく、企業や組織の活動におけるインテグリティを確保するうえでいかに機能することになるのか、今後の研究会では、いっそう情報技術の発展にともに普及・啓発をはかることに努力していかなければならないでしょう。
会員のみなさまのこれまでにもましたご協力と積極的な研究会活動へのご参加を願ってやみません。
【著作権は安冨氏に属します】