第285号コラム:上原 哲太郎 理事(立命館大学 情報理工学部 情報システム学科 教授)
題:「我が国における学術界でのデジタル・フォレンジックに関する研究活動」

独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が実施している情報処理技術者試験は、IT分野の技術者を対象とした代表的な国家試験として良く知られています。この試験の出題範囲が昨年5月に改訂され、小分類「情報セキュリティ対策」の知識項目例中に「ディジタル・フォレンジックス」が追加されました(JISとの整合が配慮されていますので表記が微妙に違うのですが…)。この改訂を受け、今年春に行われた情報セキュリティスペシャリスト試験やシステム監査技術者試験ではデジタル・フォレンジックに関する出題が行われていましたが、先日行われた平成25年度秋期試験では、ついに応用情報処理技術者試験においてもデジタル・フォレンジックに関する出題がなされました。

個人的にはこの出来事は大変感慨深いものがありました。応用情報処理技術者試験はIT技術者が数年の経験を積んだ段階で受験することを想定した試験ですが、実際には多くの情報系学部・学科の学生が座学での知識を基に挑戦する程度の難易度です。さらに、出題範囲の設定上は、さらに下位の基本情報処理技術者試験でもデジタル・フォレンジックに関する問題が出題可能になっています。つまり技術者にとって「デジタル・フォレンジック」は、システム運用におけるインシデントレスポンスや監査の必要から一部の技術者が経験的に学ぶ知識という段階を脱して、全てのIT技術者があらかじめ知っておくべき教科書的な知識として認知されるに至ったのだろうと思います。

このように社会的認知が高まったデジタル・フォレンジックですが、大学人としては今後、その教科書的になった技術分野を深化発展させるための研究活動を活発化させる必要を感じています。幸い、ここ数年、デジタル・フォレンジックに関する研究が我が国の各種学会誌、論文誌、研究会等でも散見されるようになってきました。比較的フォレンジックと関連の深い日本セキュリティ・マネジメント学会やシステム監査学会はもちろんですが、情報処理学会や電子情報通信学会においてもチラホラと見られる研究報告や論文を眺めていると、様々な分野の研究者がデジタル・フォレンジックに関する研究に参入しつつあることを感じさせます。CiNii ArticlesやGoogle Scholarといったメジャーな論文データベースで検索してみると、特に2009年あたりから医学、法学や経営学、工学でも通信、画像などの研究者が新たにこの分野に参入してきているようです。

ただ、現状気になるのはこのような研究の動きがまだバラバラで、それぞれの研究者が「本拠地」たる各学会の活動の一部として位置づけているに過ぎないことです。デジタル・フォレンジックという学際的かつ新しい分野において、このような力の分散は分野の発展の速度を削ぎます。もっと「デジタル・フォレンジック」に特化した研究を持ち寄って議論できるような場が、そろそろ我が国にもあってもいいのではないかと感じられるのですが、いかがでしょうか。

そのような思いは、つい先日中国・武漢において行われたThe Second International Conference on Digital Forensics and Investigation (ICDFI 2013 http://icdfi2013.westi.com.cn )に参加したことでさらに強くなりました。これは中国(香港を含む)の人たちを中心に運営されている国際学会ですが、中国各地のさまざまな分野の大学からの発表があったのはもちろん、米国、英国やアフリカからの参加も得ており大変盛況でした(日本人は私だけでしたが…)。アジア地区では他に韓国の研究者を中心とした国際学会であるThe International Symposium on Digital Forensics and Information Security(DFIS http://web.ftrai.org/dfis2013 )が既に7年にわたって続いており、較べると日本にそのような場がないことはいささか寂しく感じられます。このような場を既にある学会を核にして作ることも可能だろうとは思いますが、本研究会(IDF)もそろそろ、そのような場を提供するべき立場になりつつあるのではないかと思います。

このような方向性を睨みながら、まずはIDFと各学会との間での結びつきを強めていく動きが始まっています。例えば情報処理学会との間では、佐々木会長や手塚理事、そして私を中心にして、比較的近い分野であるコンピュータセキュリティ研究会(CSEC)およびインターネットと運用技術研究会(IOT)との間で対話を始めています。さしあたっては、12月のCSEC研究会およびIOTシンポジウムでは私がデジタル・フォレンジックに関する研究動向をご紹介する講演を準備しているところです。個人的には、この動きを広げて、近い将来我が国においてもデジタル・フォレンジックに関する国際学会を開催するか、他国で国際的に活動している学会を誘致したいと考えているところです。また続報があればコラム等で随時お知らせいたします。

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