第303号コラム:西川 徹矢 理事(株式会社損害保険ジャパン 顧問)
題:「サイバーセキュリティと地域支援」
1 今回は、ややデジタル・フォレンジックそのものとは離れますが、広くはそれも含んだサイバーセキュリティ活動の一環として、地方における取組み事例とそれに関連しての国レベルでの動きについてお話します。
2 昨年10月4日、新潟の地で、県内の協力団体や専門家有志が広く集まって、「サイバー空間の脅威に対する新潟県産学官民合同対策プロジェクト推進協議会」(略称:「サイバー脅威対策協議会」)という長い名前の組織が呱々の声を上げました。これには、サイバー空間の脅威に対応するため産学官民の専門家を含む同県内の関係事業者や新潟大学等15大学、新潟県警察、同県市長会、同県町村長会、新潟市等29主要官庁、更には県内の小学校、中学校、高校の各校長会やPTA連合団体等10関係機関・団体等、現在のところ62団体が広く結集しており、参加者の意気込みと期待の高さが目立ちました。
なお、県知事部局にあっては手続的にやや遅れているようでしたが、既に知事にまで話は上がっており、近々にも参加するとのことでした。
3 この協議会は、昨年6月10日新たに定められた政府の「サイバーセキュリティ戦略」を踏まえ、自前の行動計画を策定し、それに基づいて分科会等を組織し緊密に連携・協力して、サイバー空間の実態把握と情報共有等に努め、課題や問題点を把握するとともに、自主的かつ主体的にこれらの解決に向けた取組を行うこととしています。そして、究極的には、サイバー空間の脅威に対する各種の対処能力の向上を図り、よって新潟県民の安全と安心を確保することを目指しています。
4 通常、我々が、サイバー問題について語る際には、最大の特色として電子信号が瞬時にしかも地球の果てまで、国境も含めあらゆるボーダー(境域)を越えて到達する点を挙げ、日常生活に必須不可欠なものとされながらも、従来の世界観を打ち破る強力なエネルギーを内に秘めたものとして捉えられることが多い。御案内のとおり、このボーダーレスな点を殊更に強調して、反政権運動等に利用されると国家存亡の機にまで及ぶ影響力を持つとして規制を強化する国まであります。
しかし、実際にはサイバー空間における恩恵を享受するには、高度な科学技術の結晶ともいうべき端末等の電子機器や膨大な情報通信インフラと、これらを維持運営する多数の技術者等が必要であります。また、そのためにも、併せて、国家や地域としてある程度の成熟度と総合力がなければならないものであり、自ずからその度合いを反映して国家間あるいは国内でも地域間に大きな較差を生じているのが現実であります。
5 因みに、我が国のサイバーセキュリティ技術者の人的リソースの充実という面に限って見ても、政府の「サイバ-セキュリティ戦略」は、現時点で潜在的には約8万人のセキュリティ人材が不足しており、現に稼働中とされる約26.5万人の技術者の内16万人余りにスキル不足があり、何らかの教育やトレーニングを行う必要があると指摘しています。
しかも、IT技術やサイバースペースの利活用の裾野が、今後も全国的に拡がる中で、サイバーセキュリティをめぐる地域較差や耐性に十分な手当がないまま放置されるのであれば、各種のセキュリティ事犯等の脅威も高まるものと思われます。取り分け、今日のスマートフォンやタブレットコンピュータの目覚ましい普及は老若、男女の範疇を超えて、そのマイナスの影響も凄まじい勢いで蔓延させており、サイバーセキュリティを担う人材的な地域較差を大きくするおそれがあり、多岐多様な被害や障害からデジタル弱者を護るために、喫緊の対策が強く求められるところであります。
6 サイバー空間を取り巻くリスクの深刻化がいよいよ強く指摘されるようになり、安全、安心に使え、その恩恵を享受することができるようにするため、現行のサイバーセキュリティ戦略では、基本方針として、このリスクへの対応と、実空間との融合・一体化の進展との両立を図り、サイバー空間の持続性・発展性を確保することを目指しています。特に、リスクベースに対応するため、「社会メカニズムとして、適宜適切な資源配分を行いつつ動的に対応する」としており、併せて個々人も社会的責務を果たすべく、「自らを守る」ことと「他者に迷惑をかけない」ことを格別に意識して情報セキュリティ対策を行うなどを求めています。後者の点からは、身近なところで多様な対策を実践できる「場」として、新潟のような動きは、誠に頼もしいものであり、その成果が大いに期待されるところであります。
7 また、この動きに呼応して、敬和学園大学一戸信哉先生が発起人代表となり、政府主宰のサイバーセキュリティ啓発普及月間の参加イベントとして、去る2月25,26日の両日で、新潟県弥彦村総合文化会館において、「全国情報セキュリティ連絡推進連合会(仮称)設立準備会」のキックオフ大会が開催されました。ここでは、新潟の先行例等を踏まえ、その経緯や意義、在り方等をめぐり基調講演やパネルディスカッションが行われ、併せて今後の活動方針等が検討されました。
今後は、本年内に数府県において同様の組織が新たに設置されるよう働きかけ、更に有志からの要請があった場合には推進のための支援活動を行うこととし、来年2月に予定されている政府の啓発普及月間に合わせて、東京において、中央レベルの連絡会議の発起設立会を開催し、来年中にも本格的な支援活動を実施することなどが決定しています。これまた、多くの方々や団体の賛同と協力を得て、「草の根セキュリティ」活動ともいうべきこの分野で、大いに成果を挙げられることを期待するものであります。
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