第341号コラム:町村 泰貴 理事(北海道大学大学院 法学研究科 教授)
題:「不完全なディスカバリー(情報開示制度)」

デジタル・フォレンジックが用いられる一つの大きな領域として、eディスカバリーがあることはよく知られている。そしてこれはアメリカのディスカバリー制度の下での話であり、日本にはそもそもディスカバリーに相当するような、証拠調べ前の当事者間の情報開示・証拠開示手続が存在しない。従って、eディスカバリーが行われる余地もなく、デジタル・フォレンジック技術もあまり用いられることがない。

ところで、昨年暮れに成立した新しい法律に、情報開示を求める制度が盛り込まれていることをご存知であろうか。

これは消費者裁判手続特例法(正式には消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律」(平成25年法律第96号))の中に規定された対象消費者の情報を特定適格消費者団体に開示すべき義務である。

この法律は、多数の消費者に共通して損害が発生したという場合に、その損害を集団的に回復しようとするものである。具体的には、その損害を引き起こした事業者に対して、特定適格消費者団体として認定された消費者団体が、多数の消費者に共通する義務があることの確認を求める訴えを提起する。裁判所の判決によってその義務が認められると、今度は多数の消費者からの授権を受けて事業者に実際の金銭支払いを求めるという、二段階の訴訟を行う。

ところが多数の消費者から授権を受けるといっても、特定適格消費者団体の方では、被害を受けている消費者がどこの誰かはわからない。しかし事業者の方は、自分の契約相手でもあるので、対象となる消費者の住所・氏名・連絡先などの情報を持っている可能性がある。

そこで法律は、そのような事業者が保有する情報、すなわち対象となる消費者の住所・氏名・連絡先(これには電子メールアドレスも当然含まれる)などを、特定適格消費者団体に開示する義務を認めている(消費者裁判手続特例法28条)。

しかしながら、この規定は情報開示を義務付けるものとしては充分でないと言わざるを得ない。というのも、この情報開示義務には強制力が欠けているのである。

法律上は、情報開示義務を任意に履行しない場合、裁判所による情報開示命令が発せられ、これに従わなければ過料の制裁が用意されているので、それなりに強制力があるように見える。しかし、消費者団体の方では具体的にどのようなデータを事業者が保有しているか分からない段階で、開示すべき文書の表示を示さなければならないし、事業者が対象消費者のデータはこれだけだと言えば、それ以上に突っ込むことは困難な場合が多い。

情報を持っている側が、それを隠そうと思えば隠せる状態で、しかも隠しても後難の恐れは過料だけという制度で、訴訟の相手方に、自らの支出を膨らませるための情報を進んで開示するということは期待できない。包括的な情報開示の必要と、後に隠蔽がバレたときに被るサンクションの大きさが、実効性を担保するのである。またそのような実効性があってこそ、自ら保有するデータのフォレンジック技術を用いた精査が必要となる。

残念ながら、日本版クラスアクションとの期待が高かった分だけ、全般的に力の弱い部分が目立つ消費者裁判手続特例法だが、情報開示義務についても強制力と実効性に欠けると評さざるを得ない。もちろん肥大化したディスカバリーの弊害は承知しているが、情報の開示を進める必要性はある。公正な手続にするためには、より一層の工夫が求められるところである。

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