第344号コラム:佐々木 良一 会長(東京電機大学 未来科学部 情報メディア学科 教授)
題:「新しい年を迎えて」
皆様、2015年あけましておめでとうございます。ご存知のようにデジタル・フォレンジックもいよいよ本格的実用段階に入り、ますます重要性を増していると思います。巧妙化する標的型攻撃や、「ベネッセ事件」に見られるような内部からの個人情報の漏洩問題で、民間の専門業者に依頼してデジタル・フォレンジックを適用する機会が増えてきているように思います。また、警察でもデジタル・フォレンジック技術無しには適切な捜査が行えない時代になってきています。さらに、PC遠隔操作事件における片山被告の裁判に見られるようにデジタル・フォレンジックの専門用語が法廷で飛び交うようになってきています。
そのような中で、デジタル・フォレンジックにおける重要課題も少しずつ変わっているようにも思います。1つはデジタル・フォレンジックの1分野である、ネットワーク・フォレンジックの重要性の増大だろうと思います。標的型攻撃に対し、不正侵入の検知などの「入口対策」だけで防ぎきるのは、困難となっており、ネットワーク上のやり取りを記録したパケットログの保存と、適切な利用が不可欠になっています。
メモリー・フォレンジックも重要なテーマになりつつあります。従来のフォレンジックはディスク上に残されたログを利用するものが中心でしたが、マルウエアにはディスクに痕跡を残さないものも多く、メインメモリーなどの揮発性のデータを解析する技術が重要になっています。①メモリーダンプをとるのに時間がかかり、コンピュータの通常の処理が困難になる 、②いつダンプをとるべきかの判断が難しいなどの課題を克服する必要があるように思います。
その他、対象ごとのフォレンジックとしては、クラウド・フォレンジック、スマートフォン・フォレンジック、データベース・フォレンジック、SCADA(Supervisory Control And Data Acquisition の略)フォレンジックなどが今後重要性を増していくと思います。
そのような中で、デジタル・フォレンジック研究会への期待も大きく高まっていると考えられます。デジタル・フォレンジック研究会では2014年3月には研究会発足10周年記念行事の一環として「デジタル・フォレンジック事典改訂版」を日科技連出版から発刊しました。これからも、新しい動きに対応したデジタル・フォレンジック関連の技術等の書籍による情報発信が引き続き重要になると思います。また、「証拠保全ガイドライン」のバージョンアップも引き続き実施していく必要があると思います。
日本発のデジタル・フォレンジック製品も増え始めており、国際的に注目を浴びている技術や製品も出てきています。また、日本での適用に当たっては、デジタル・フォレンジックにおける日本語の処理が重要な課題となっており、研究会内に「日本語処理解析性能評価」分科会を作り検討を開始しています。これらの検討結果やその発展形が製品に反映され、日本や中国などにおいて日本製品の競争力が強化されていくことを期待しています。
また、デジタル・フォレンジックの人材育成も大切であると考え、研究会内に「DF人材育成」分科会を発足させ、デジタル・フォレンジック・コミュニティ2014において人材育成に関するパネルを実施しました。本年9月より、東京電機大学では、研究会メンバーの協力を得て、社会人と大学院生に対しデジタル・フォレンジックに関する1コマの講義を実施する予定にしています。これらをより良いものにしていくとともに、他大学や専門企業でのデジタル・フォレンジック教育の普及や質の向上に向けて「DF人材育成」分科会を活性化させていきたいと思っています。
人材のうちでも、日本のデジタル・フォレンジック研究者人口は米国などに比べ圧倒的に不足しており、質的なレベルも十分高いとはいえません。日本のセキュリティ研究者だけでなく、日本語処理技術者、画像処理技術者、音声処理技術者、AI技術者などにもデジタル・フォレンジックにもっと興味を持ってもらうため、2015年の3月19日に京都大学で実施される情報処理学会の第77回全国大会において「デジタル・フォレンジック(デジタル鑑識)を支える情報処理技術」というワークショップを実施する予定にしています。また、標的型攻撃に対応するため、今後、ネットワーク・フォレンジックのインテリジェント化が必要という思いから、東京電機大学のサイバーセキュリティ研究所の中にLIFT(Live and Intelligent Network Forensic Technologies)プロジェクトを発足させ、国内トップレベルの研究者に集まっていただき共同研究を行っています。このような活動を今後さらに強化していきたいと考えています。
これ以外に、警察などの官との協力や、法曹界との関係の強化など、今後に向けてやるべきことは多いと思います。これらの活動を通じて、本研究会が更に活性化し、社会や会員に不可欠なものになって行けば良いと思っています。会員の皆様の力強い活動を期待しています。
最後に、2015年が会員の皆様にとって良い年であることを祈念していることを述べて年頭の挨拶に代えさせていただきます。
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