第396号コラム:町村 泰貴 理事(北海道大学大学院 法学研究科 教授)
題:「フランス刑事法における電子情報の利用」
フランスにおいても、当然のことながら、ネット社会の発達に伴ってネットを利用した犯罪は増大しているし、通常の犯罪にもネットが用いられるようになっている。そこで、電子データを対象とする刑事捜査の幾つかの側面を紹介する。
まず、コンピュータの記憶装置のみならず、クラウドコンピューティングサービスを用いた記憶装置に対する捜索差押えの必要に応える規定がある。具体的には、刑事訴訟法典58‐1条において、司法警察官等が捜索に際して捜索場所にあるコンピュータにアクセスし、そのコンピュータに記録されているデータ、またはそのコンピュータからアクセス可能な別のコンピュータに記録されているデータにアクセスし、それらのデータのコピーを取得することができると規定している。
フランスの刑事事件捜査は、警察が独自に捜査を行う予備捜査、検事や予審判事の指揮の下で操作を行う予審捜査、そして現行犯に際しての捜査に分かれているが、電子情報の捜索差押はそのいずれについても規定が置かれている。
これに対して、コンピュータ・データの傍受に関する規定は、予審判事が共和国検事の意見を聞いて、司法警察職員に行わせるものであり、組織犯罪対策として規定された。具体的には、コンピュータ画面上に表示され、または文字入力されているデータにアクセス、記録、保全、送信するためのあらゆる技術手段を、その対象となる利用者の同意なくしてインストールすることができるというものである。これによって暗号化される前のデータにアクセスできるほか、チャットやミニメッセージといった傍受しにくいデータにもアクセスすることができるという。この措置は原則4ヶ月以内だが延長可能な期間を定めて行われる。この技術的手段は、コンピュータ・ネットワークを通じてキーロガーによるタイピングのリアルタイムでの取得を行ったり、あるいはトロイの木馬によるスパイウェアのインストールによって行われたりする。
さらに、日本でいう囮捜査に相当する潜入捜査も、従来から存在したところが、2007年からネットワーク上のやり取りに応用されている。具体的には、人身売買、売春斡旋、未成年売春について犯罪事実を確認するために、それらが電子通信手段を通じて行われている場合に、変名を用いたメッセージ交換を行い、被疑者とネット上で接触し、それらの通信記録を証拠として収集保全し、違法な通信内容を収集するなどの行為を行うことができる。また、未成年に対する麻薬犯罪等への勧誘や児童ポルノ撮影・頒布等の行為に関して、上記と同様のサイバーパトロールと呼ばれる捜査手法が認められている。
日本でもアメリカでも問題化しているGPS追跡装置を被疑者の車等に設置する捜査手法は、フランスでも問題とされていた。判例が一定の条件の下でこれを認めてきたところ、欧州人権裁判所の判例でも認められ、2004年の法律で明示されるに至った。
フランスの刑事訴訟制度は、予審判事、検事、そして警察官が重層的に捜査を指揮・実施するし、私訴原告が告訴することでも刑事手続が開始される。無令状逮捕も限定的ながら可能であり、捜査手法としては通常のものである。それらの違いを考慮しないと、フランスと日本との法比較は不可能である。電子情報を対象とした捜査の手法や実際も、技術的な面は容易に比較が可能だが、その位置づけや運用の特徴を理解するには、全体構造の違いを踏まえた上での研究が必要である。技術面での情報交換は重要なことだが、これに加えて、日仏比較が可能な研究者の養成が、電子情報を対象とする捜査に関しても必要な所以である。
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