第428号コラム:守本 正宏 理事(株式会社FRONTEO 代表取締役社長)
題:「再現率と適合率の最大化を目指して~達人の気づきを学ぶ~」
これまで我々はリーガル分野でのデータ解析(証拠発見)の能力を向上すべく努力してきましたが、その中で求められる要件として、“再現率と適合率の最大化”が挙げられます。
適合率はシステムが出した結果の正解率、再現率は全正解のうちどれだけをシステムが導き出したかの割合のことを言いますが、証拠発見のプロセスでは見つけたいものを正確にできるだけ漏らさず見つけたいため、両者を最大にしなければなりません。しかし、適合率を上げようとすると、再現率が落ち、再現率を上げようとすると適合率が落ちる、というようにこの二つはトレードオフの関係にあるので、実際には大変難しい問題です。
そこである程度、両者の最大化を行った後、最後には人が見て判断するという作業が残ることになります。問題は、この残った作業が“あと少し”という作業量ではないというところです。費用的にはシステムが行った分の数倍。時間や労力に関しては何百倍以上になることも少なくありません。人が補うことで、時間やコストの増加だけでなく、個人の能力の差による精度のばらつき、疲れによるパフォーマンスの低下などの問題も発生します。しかしそれでも人に頼らざるをえないのは、システムでは出来ない人間の“気づき”が必要だからです。
このように高い再現率と適合率を同時に実現しなければならず、結果的に人の能力依存になっている分野は、リーガル分野だけではありません。
例えば、医療の現場においては、“証拠を見逃し”は“症状や治療法の見落とし”に置き換えられ、人の健康、もしくは命に関わる重大な損失になります。医者がこれまで診てきた、知識として持っている症状と治療法が、目の前の患者の症状とまったく一致するとは限りません。そのような場合でも、見落としてはいけない何かに気づくことができるかどうかが、診断結果を左右することになります。
また、営業の現場や、プロジェクトの現場においても同じことが言えます。必ずしも直接的な言葉で伝えてくれないお客様の真意(要望やクレーム)を見落としてしまえば、チャンスを逃したり、問題を大きくしてしまったりしますが、それらを見落とさず小さなうちから気づき対処できれば、チャンスをうまく誰よりも早く捉えることができるのです。また問題がまだ小さなうちに解決できれば負担も少なくなり、その結果、新しいチャンスも生まれるかもしれません。
同じく企業不祥事においても、この“気づき”が重要になります。情報漏えいやカルテルなどの不正行為は、根っからの悪人が引き起こす事よりも、何らかの原因によって、企業の中で信頼されている人に不祥事を起こさせてしまったという事が少なくありません。実際に決意してしまった人は、地下に潜って準備を始めるので、その人を止めることは難しく、ほとんどの場合が手遅れですが、気持ちが揺らぎ始めたところで気づいてあげることが出来れば、解決の糸口も見つけられ、不正を未然に防ぐことも可能になります。
このように、さまざまな現場であふれている沢山の情報の中から、どれが注意すべき情報で、どれがそうでない情報なのかを見極めることがとても重要なことです。しかし、それが出来る優れた気づきの能力を持つ達人は決して多くはなく、現場において有益な情報が見逃されているのが現状です。
もし、曖昧なデータから重要なものを見つけ出す“達人の気づき”の能力を再現できる人工知能技術が実現すれば、冒頭の問題は解決可能となり、適合率と再現率の最大化に大きく寄与することでしょう。もちろん100%完璧ではありませんが、かなりの部分は置き換えることが可能になります。
デジタル・フォレンジックで培った、証拠を見逃してはならない、という要求を実現するために磨かれてきた技術は、世界のさまざまな課題を解決できるでしょう。
【著作権は、守本氏に属します】