第454号コラム:「医療」分科会WG2 佐藤 智晶 座長
(青山学院大学 法学部 准教授/東京大学 公共政策大学院 特任准教授)
題:「報告書『医療等の分野におけるフォレンジック技術の利用促進に向けて』に寄せて―弁明と期待―」
去る2017年2月17日、IDF「医療」分科会WG2は、「改正個人情報保護法の全面施行を踏まえた医療等の分野におけるフォレンジック技術の利用促進に向けて」(以下、本報告書と記載する)をまとめ、一般に公開した。第13期の委員の先生方に対してはもちろん、議論に参画して下さった他の方々、そして第13期までIDF「医療」分科会で真摯な議論を続けてこられたすべての関係者の方々に、僭越ながら座長として厚くお礼申し上げる。
『ソクラテスの弁明』のような崇高な内容を含めることはできないものの、本コラムでは座長を務めた者として、本報告書の反省点について誠実に弁明するとともに、今後の展開に期待を寄せたい。当然ながら、本コラムの文責はすべてわたしにある。
本コラムで最も強調したいのは、本報告書があくまで「改正個人情報保護法の全面施行」を見据えて、医療等の分野におけるフォレンジック技術の利用促進について検討を加えたに過ぎず、他の法律で規律されている場面(行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律、独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律、関連条例など)や、今後新しい法律で規律されることになる場面(たとえば、臨床研究法案など)、さらには関連法令の要求事項の外でフォレンジック技術を用いるような場面などは元々検討から除外されている点である。要するに、医療等の分野全般のあらゆる場面を網羅的に想定し、検討を加えたものではなく、至極限定的なものであることをあらかじめご理解いただきたい。
フォレンジック技術は、本来、改正個人情報保護法や関連法令の順守のためだけでなく、より広く活用されていく可能性がある。研究で収集したデータの管理はもちろん、ハッキングなどで情報流出した場合の追跡などにも、さらに活用されていく可能性があるだろう。たとえば、米国では、クレジットカード情報を含む個人情報の流出に付随して損害賠償を求める集団訴訟が提起される事例が散見する。このような集団訴訟では、必ずしも請求が認められ易いわけではないが(むしろ難しい)、近年のトレンドとして医療機関を含む医療分野での訴訟が目立つ、という指摘がある(See, e.g., Bryan Cave, 2016 Data Breach Litigation Report: A Comprehensive Analysis of Class Action Lawsuits Involving Data Security Breaches Filed in United States District Courts, Apr. 6, 2016)。そして、ハッキングを含む情報流出の原因を分析し、今後の情報流出を予防するとともに、責任を回避するためのツールとしてフォレンジック技術への関心は一層高まっている。本報告書が、日本において今すぐに、フォレンジック技術の利用が医療等の分野における技術水準(state of the art)になる、というような大風呂敷を広げるつもりはまったくない。しかしながら、改正個人情報保護法の全面施行が近い将来、フォレンジック技術の利用が拡大するにあたって1つの大きなきっかけだった、と評価されるのではないか、と考えている次第である。
最後に、本報告書が想定しているのは、フォレンジック技術がさらに利用されることの先にある、ということを付言したい。米国では約20年間の歳月をかけて、医療情報法制が着実に進化を遂げ、医療情報が利用されはじめている。医療保険事務の簡素化を目的としてはじまった医療情報の利用は、EHRの導入と利用拡大を通じてさらに重要になっている。そして、医療の安全性、質、効率性の向上のために、関係者が安心して医療情報を提供し、利用できるような環境整備が着々と進められてきた。フォレンジック技術は、その環境整備の一環として利用されているに過ぎない。本報告書は、フォレンジック技術の利用促進が自己目的化するのではなく、あくまでより優れた医療の実現のためのいわば「道具」として活用されることを願ってまとめた。大きな変化の前には、必ず小さな一歩が隠れているものであるが、本報告書が医療のアクセス、コスト、クオリティの向上のために、関係者が安心して医療情報を提供し、利用できるような環境整備の一環として、フォレンジック技術の利用を考えるほんの少しの一助になれば幸いである。また、さまざまな方々から忌憚ないご批判やコメントを得て、今後、より網羅的で有用な報告書が作成されていくことを切に期待したい。すべての関係者の方々には、本報告書の一般公開について改めて厚くお礼申し上げる。
【著作権は、佐藤氏に属します】