第456号コラム:小向 太郎 理事(日本大学 危機管理学部 教授)
題:「『忘れられる権利』に関する最高裁判所の判断」
検索サービスの検索結果に対する削除請求の当否が争われた事案について、最高裁判所が2017年1月31日に、削除請求の申し立てを却下(原審の判断を是認)する決定を行った。本件は、さいたま地裁が「忘れられる権利」を認める判断を示したとして話題になった事件であり、高裁ではこの判断が覆され申立てが却下されていた。「忘れられる権利」については、このコラムでも何度か触れているので、今回はこの件を簡単に取り上げたい。
問題となったのは、2011年11月に抗告人が児童買春の容疑で逮捕され罰金刑に処せられた事件に関する検索結果である。事件当時に実名で報道されていたこともあり、抗告人の氏名と居住地の県名を条件として検索サービスに検索をかけると、この事件に関する事実が書き込まれたウェブサイトのURL等が検索結果として表示されていた。
最高裁は、検索結果からの削除を求めることができるのは、「当該事実を公表されない法的利益と当該URL等を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断し,当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合」に限られるとした。検索サービス事業者が元サイトの発信者とは異なる立場にあることを考慮して、検索結果の削除には、いわゆる元サイトを削除する場合よりも厳しい条件を満たす必要があるとしたものといえる。この考え方によれば、元のサイトに載っている記事自体が削除が認められる違法な内容であると評価されない限り、検索結果の削除は原則として認めらないであろう。
また、検索結果の表示が違法となるかどうかを判断する際に勘案すべき諸事情としては、(1)当該事実の性質及び内容、(2)当該URL等が提供されることによって当該事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、(3)その者の社会的地位や影響力、(4)上記記事等の目的や意義、(5)上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化、(6)上記記事等において当該事実を記載する必要性など、の6項目が挙げられている。これらのなかで「(2)当該URL等が提供されることによって当該事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度」は、検索サービスを特に意識したものであろう。本件においては、削除を求めた男性の氏名だけでなく、都道府県名も入れなければ表示されない検索結果であることから、「事実が伝達される範囲」が限られることが考慮されている。これ以外の要素は、元サイトのプライバシーや名誉毀損が問題とされた場合に考慮されるものと基本的に同じである。「忘れられる権利」や時の経過による影響についてあまり言及がないのは、従来から取られていたプライバシー侵害等に関する考え方によって十分に判断し得るからであると考えられる。
ところで、今回の最高裁決定では、検索サービスの結果表示が「検索事業者自身による表現行為という側面を有する」とされている。従来から、検索サービス事業者はインターネット上にある他人の情報をそのまま紹介するものであり、他人の情報に関する責任については、ISPや掲示板管理者のような媒介者と同様に考えるべきとする主張があった。これに対して、検索結果は検索サービス事業者が主体的に作成して表示するものであるから、情報発信者であるという評価も可能である。こうしたことが議論されるのは、発信者は自ら発信した情報に対して、原則として責任を負うと考えられているからである。
今回の決定では、検索サービス事業者を「表現行為」を行うものとしているが、これが検索結果に対して元情報の発信者と同様の責任を認める趣旨ではないことは、上記の判断基準からも明らかであろう。むしろ、「表現行為」であるという評価は、インターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしていることと合わせて、公表の利益を保障する必要があるという理由付けにつながっている。プライバシーの利益との比較衡量という判断スキームを取るために、もう一方の利益を「表現の自由」という確固たるものに基礎づけるために、あえてこのような評価をしたようにも思える。
検索サービスの仕組みを考えると、検索結果の全てについてあらかじめチェックを求めるのは現実的でない。もし、検索内容を機械的に処理して結果を表示することができなくなれば、ネット上の有用かつ不可欠なサービスの提供が困難になってしまう。一方で、検索サービス事業者にとって、検索結果を適正かつ公平で、信頼できるものにすることは、ビジネス上の利益になるはずである。安易に削除を認めることは検索結果の質を下げてしまう危険が大きいが、あまりにも問題の多い検索結果を表示することも質の低下につながる。今回の判断も踏まえ、どのような場合に削除請求が認められるのかという相場感が醸成され、訴訟に至らずに解決するケースが増えていくことを期待したい。
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