第478号コラム:伊藤 一泰 理事(栗林運輸株式会社 監査役)
題:「門外漢が考える情報セキュリティ人材の育成」
(前置き&言い訳)
まさに門外漢である。教育面でも素人、技術面はもちろん素人、知見・経験はない。それなのに、なぜ、突如こんなテーマでコラムを書こうと思ったのか?
IDFには、「DF人材育成」分科会があり、主査の佐々木 良一 先生(東京電機大学教授)をはじめとする錚々たる先生方が研究成果を発表されている。先生方のご意見に異論があるわけではない。
唯一の理由は、IT人材の採用や研修に携わっていた時の苦労を思い出したからである。もう20年前になるが、銀行系のシステム開発・運用会社に出向していた。管理部門を統括する立場で、かつ人事(新卒・中途採用)の責任者でもあった。採用に当たって、1次面接では、担当技術者が応募者の技術的な能力や将来の可能性を判定し、2次面接では、私が人間力(モチベーションの高さ、コミュニケーション能力、協調性などなど)を判定していた。
しかし、なかなかピッタリとフィットする人材には巡り合えなかった。
それでも、大勢の応募者と面接を重ねていくと、中には、きらりと光る人材がいた。カテゴリーとしては、高専(注1)を卒業した人たちだ。
例えば、情報系ではなかったが、自分の努力でネットワーク系の難関な資格を取得していた人。あるいは、技術面では評価が低かったが、人間力が図抜けていた人。もちろん、技術面と人間力の両方がバランスよく評価された人もいた。
もちろん、私の勝手な思いであり普遍化するには乏しい経験であるが、さらに遡れば、以下の記憶が「通奏低音」のように判断の底に流れていた。
1960年代後半、中学生であった私は山形県酒田市に住んでいた。
高校進学の時、希望校は地元No.1の進学校であった。ただその一方、気持ちの片隅に、設立間もない「鶴岡高専」への憧れがあった。高専は中学卒業の後、5年間の専門教育を実施している点に特徴がある。15歳からの早期専門教育機関である。
高専って、なんか格好いい!そんなミーハーな理由だったが、技術者の育成に特化した
高専は、地方の中学生の注目の的であった。
(では結論を先に言おう)
結論1.高専にもっと情報セキュリティ人材(DF人材)の育成機能を持たせよう。
結論2.高専ロボコンだけでなく「セキュリティコンテスト」を普及させよう。
結論3.経済界に高専卒のセキュリティ人材を再認識させよう。
(結論1.の解説と後付け的な所感)
日本の高度経済成長期、技術者の育成に特化し、経済界からも高く評価された高専であるが、最近は、存在が薄くなってきたように思う。もちろん、高専側も努力を惜しんでいる訳ではない。
2016年5月23日付日本経済新聞(電子版)によれば、サイバー攻撃に対処できる情報セキュリティ人材を育成するため、51校ある高専を、全国を5つのブロックに分け、それぞれ指定した「拠点校」を中心に実践的なセキュリティ技術の教育に乗り出すという。拠点校になるのは、一関、木更津、石川、高知、佐世保の5校。予算の制約上、取り敢えず5校からスタートしたのであろう。その後、予算が増えて教育項目が充実しているのかと思いきや、逆に他の政策に紛れて存在感が乏しくなっているのではなかろうか。どうか、51校すべての高専で、本格的なセキュリティ人材教育を開始してほしいと願っている。
高専では若いうち(15の春)からセキュリティ技術を学ぶことで、早期に高度な専門性を身につけることが期待される。また、全国の高専はネットワークでつながっており、遠隔で指導できるのも強みだという。頑張ってほしい。
今年は10代の活躍がすごい。将棋の藤井 聡太 四段、卓球の張本 智和 選手など、いずれも中学生だ。もちろん、天賦の才能もあると思うが、ビックリするのはその集中力だ。加えて、「好きこそ物の上手なれ」の諺のとおり「将棋が好き」「卓球が好き」ということが偉業達成の背景にある。
好きだ→好きなことだから集中できる→その結果大きな成果を上げられた。
これは、10代で偉業を成し遂げた彼らだけでなく、シニアを含めた一般人にも言える図式だ。
システム構築やプログラミングに興味のある中学生も多い。彼らが高校に進学、さらに大学に進む道も重要であるが、15の春を高専に託すのも悪くないと思う。
一般の中高生に聞いた「将来なりたい職業」のアンケート(注2)がある。
男子は中学生、高校生ともに1位は「ITエンジニア・プログラマー」であった。私にとってこれは意外であった。かつては「3K」ならぬ「新3K」、すなわち「きつい・帰れない・給料が安い」というのがIT業界であった。口の悪い輩は技術者を「IT土方」と言ったりしている。なんちゅう失礼な話だ。
最近は、ワークライフバランスが強調され、労働時間規制が厳しく適用されるようになってきたが、大きな傾向は変わらないと思う。
開発作業でリリース期限が迫ってきたら、残業や休日出勤が続くのはやむを得ない。システム障害があったら担当者は何日も家に帰れない。給料が高いのは一部のトップエリートだけだ。IT業界とはそんなものだと思っていた。
それがどうしてあこがれの職業になったのか。その背景を考えてみた。
一つ目は世代の違いである。
情報社会心理学を専門とする橋元良明氏ら(注3)は、日本におけるデジタルネイティブを、1976年前後生まれの世代(76世代)、1986年前後生まれの世代(86世代)、1996年前後生まれの世代(96世代)の三つに区分し、さらに、96世代については、「ネオ・デジタルネイティブ」とネーミングしている。
Windows95が登場した1995年以降、インターネットが爆発的に普及したため、96世代の人たちは、それまでの世代と違って、幼少のときから、タブレットやスマホが身近にあって、それらを遊び道具として育ってきたため、不自由なく操ることができる。スマホが可搬的な機器(例えばノートパソコン)ではなく、すでに、腕時計のように体と一体化したウエラブルな存在になっている。
96世代は、日本の先進的なモバイルブロードバンド環境を背景に、様々な携帯通信機器を利用して動画コンテンツを視聴するとともに、自分で撮影した動画を自由に加工している。また、ネットやSNSが身近な存在になっているため、自らの動画(作品)をいつでも自由に発信できる。創造性にあふれている。
こんな世代だから、「ITエンジニア・プログラマー」が3K的な職業ではなく、夢のあるあこがれの職業になるのだと思う。今後、彼らが次々と社会人となる状況を踏まえ、IT業界に持っているイメージを生かしつつ、人材育成する必要があると思う。
さらに、文部科学省は、2020年に小学校教育でプログラミング教育の必修化を検討している。ますます順風だ。こうしてみると、IT業界は将来的に人材採用問題がなさそうに思えるが、実態はそう簡単なものではないらしい。
某社の採用担当者に聞くと、96世代は「スマホで何でもできるからパソコンはあまり使ったことがない」とか「常にSNSで誰かとつながっていないと不安になる」「バーチャルとリアルが混在している」といった人が多いという。
だったら入社してからの教育が大変である。
産業界からは、「大学で社会人としての基礎教育をして欲しい」とか、「実業的な教育を増やせ」、「今の若者はモラトリアムを得るために大学に進学しているのではないか」などと偏った批判が繰り返されている。
思うに大学だけが悪いのか、否、大学以前の問題ではないのか。答えは出ない。
給与を高くすればいいのか。いや、現在の状況を見ると、ポストや昇進機会、給与等の待遇面では、「ITエンジニア・プログラマー」が他の職業に比して飛びぬけて良いわけではない。例えば、航空機パイロットのように高収入で恵まれた存在にはなっていない。
トップクラスの企業が最上級の技術者に対して、パイロット並みの給与(年収2000万円超)を出しているのか、定かには知らないが、人数的には、そう多くないと思う。
門外漢なのに書きすぎてしまった。反省。
結論2.皆さんの方が詳しいと思うので解説を省略する。
結論3.機会があれば、後日、論じたいと思っている。
注1:正式名称は国立高等専門学校。1962年に設置された12校を嚆矢として、現在は全国に51校55キャンパスが設置されている。修業年限は本科5年(商船学科は5年半)。より高度な技術者教育を行うことを目的として、本科卒業後に2年間の専攻科が設置されている。
すべて独立行政法人国立高等専門学校機構が運営している。
入学対象は中学校卒業者。
注2:ソニー生命保険株式会社が、全国の中高生に対し「中高生が思い描く将来についての意識調査」をインターネットで2017年3月21日~3月27日に実施。1,000名(中学生200名、高校生800名)の有効サンプルを集計したもの。
http://www.sonylife.co.jp/company/news/29/nr_170425.html
注3:「ネオ・デジタルネイティブの誕生―日本独自の進化を遂げるネット世代」
2010/3/19 ダイヤモンド社刊
著者は、東京大学大学院(情報学環・学際情報学府)教授 橋元 良明、電通総研 奥 律哉 、電通総研 長尾 嘉英、電通総研 庄野 徹。
【著作権は、伊藤氏に属します】