第502号コラム:湯淺 墾道 理事
(情報セキュリティ大学院大学 学長補佐、情報セキュリティ研究科 教授)
題:「電子投票ふたたび(?)」
総務省の投票環境の向上方策等に関する研究会は平成26年5月に第1回研究会が開催され、これまで平成28年9月、平成29年6月の2度にわたり報告書を公表している。3度目の報告書の公表を目指して、平成29年12月から研究会が再開された。
今後検討することになる項目は、下記の「資料2」に掲載されている。
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/touhyoukankyou_koujyou/119777.html
今回の研究会で検討することが予定されているのは、投票や選挙管理へのインターネットの導入であり、電子投票やインターネット投票の導入の可能性についても議論されることになると思われる。
世界的に見ても、日本の電子投票ほど不幸な経緯をたどったものは珍しいであろう。
日本の電子投票は、地方公共団体の議会の議員及び長の選挙に係る電磁的記録式投票機を用いて行う投票方法等の特例に関する法律が平成13年12月7日に公布され、平成14年2月1日から施行されたことにより、地方選挙に限って導入されることになった。また投票所間のネットワーク接続は許容されず、投票記録は物理的な媒体に保存して開票所に運ぶこととされていた。
最初からこのように本格的導入・普及へのハードルを高く設定された上に、岐阜県可児市で発生した選挙無効事件が、電子投票の普及への決定的な打撃となった。
平成15年7月20日に行われた可児市の市議会議員選挙において、電子投票機が正常に作動しなくなり、相当数の有権者が投票することを諦めて帰ってしまうという事態が発生した。一部の有権者から選挙無効の訴えが提起され、名古屋高等裁判所が選挙無効の判決を下し、最高裁判所も選挙無効の判断を支持したために、選挙自体をやり直すことになったのである。
訴訟の過程で明らかになった電子投票機の障害発生の理由は、投票所内のサーバの過熱であった。投票所内でローカルのネットワークを組んで、複数の電子投票機の投票を投票所内の1台のサーバのMOドライブに記録することとしていたところ、MOドライブが過熱して正常に記録することができなくなった。過熱の原因は、静粛な環境が要求される投票所で、サーバがうるさいという苦情が出たため、ベンダーから派遣されていたSEの判断でMOドライブの冷却ファンを止めてしまったことにあるとみられている。
複雑な公職選挙法の規定に従って選挙を事務手続上の瑕疵なく厳正に管理することは、選挙管理関係者の至上命題であり、最高裁判所で選挙無効と判断されるというような執行は最悪の事態であるといえる(近年は、選挙をわずかな瑕疵もなく厳正に執行することを追求する余り、選挙管理委員会の事務局長等が、生じた誤りを「無かったことにする」ために自ら一部の票を廃棄するという信じがたい事例が発生しているが)。このため、首長が電子投票の導入に熱心なところを除いて、電子投票を敬遠する動きが高まった。当時の技術的水準・状況では電子投票用のハードウェアが高額であったことも、それに拍車をかけた。
ところで、さまざまな行政・統治過程の電子化の中でも、選挙の電子化にはもともと難しい要素が絡んでいる。
選挙の執行・管理には、選挙の透明性・公正性の確保と、有権者の投票の秘密の保護という時に相反する要請がある。電子投票は、人の知覚によっては可視的でない電磁的記録を用いるものであるが。その際、電子的に選挙の透明性・公正性の確保を確保しようとすれば有権者の投票方向が特定されて投票の秘密を侵害する危険があり、他方で投票の秘密を厳格に保護しようとすれば電子化によって投票過程がブラックボックスになる恐れがある。それを両立させなければならないところに、電子投票の難しさがある。
有権者の信頼という観点も、無視できない。
アメリカでは、電子投票機を利用して有権者が投票方向を選択する際にVVPAT(有権者確認用監査証跡紙)を発行するようにしたり、タッチパネルで投票方向を選択した後にプリンターでマークシートを発行しそれをOCRにより読み取ったりする方法が主流となった。これらは、電子的な記録に疑いのある場合には、紙の記録で再集計すればよいという発想から普及してきたものである。またインドで用いられている乾電池駆動の電子投票機や、ベネズエラで導入されている電子投票機も、VVPAT(有権者確認用監査証跡紙)を発行する機能を装備するようになった。いずれも、電子投票に対する有権者の不信感に応えるために、このような機能を追加することとしている。
他方で、今日の電子化の対象は、投票だけではなく、選挙運動、選挙運動に係る選挙管理事務、有権者登録、投票に係る諸選挙管理事務など、選挙のサイクル全体に及んでいる。また、世界の電子投票やインターネット投票の動向をみると、特定専用ハードウェア非依存の動きが強まっている。ベンダーはATMメーカー系からソフトウェア・システム系が主流になっており、電子投票機器のセキュリティからネットワークのセキュリティが重要になってきている。
このような動向に関して、平成30年1月23日に開催された第2回研究会において資料を提出したので、ご興味のある方はご一読いただければ幸いである。
http://www.soumu.go.jp/main_content/000528382.pdf
【著作権は、湯淺氏に属します】