第551号コラム:丸山 満彦 監事(デロイト トーマツ リスクサービス株式会社 代表取締役社長)
題:「とらわれずに物事をみつめる」
監査であっても、不正調査であっても、真実にたどりつくためには思い込みを制御することが重要なのではないかと思っています。過去の経験に基づいて仮説を立て、それを確認することで、効率的に真実にたどり着くことができる場合も多いと思います。その一方で、過去の経験に当てはまらない状況なのに誤って過去の経験に基づいて仮説を立て、結局正しい結論に行きつかないということも多くあります。正しい結論に行きついていないことに気づいていたらよいのですが、正しい結論に行きついていないのに、正しい結論に行きついたと思っていると問題です。なにかにとらわれて物事をみてしまうことはよくない場合が多いと思います。
そこで、とらわれずに物事をみつめるために、どうしたらよいのだろうかと考えてみました。
まずは、思い込みを忘れることだと思います。人間、思い込みはあります。「ピンクの花柄の服を着ている人がベンチに腰掛けています」ときくと、自然と女性を思い浮かべる人が多いと思います。そういう思い込みをいったん忘れるということです。ある意味過去の成功体験の積み重ねが思い込みにつながっていますから、思い込みを忘れるというのは意識しないとできません。「不正が見つからないようにコンピュータのプログラムを改ざんし、緻密で複雑な手法を用いて不正をしている」ということが分かったときに、これは男性だと思ってしまうことがあるかもしれませんが、女性であるかもしれないことを同時に意識しておくことが重要です。
次に重要なことは、推論の罠に落ち込まないことです。物事をある程度みると全体がわかったような気になることがあります。又は、規則性を見つけたらその規則性を使って全体を推論しようとしてしまうということもあります。ソフトウェアの価格を操作した不正が立て続けにみつかれば、ソフトウェアの価格を操作した不正がほかにもないか見つけにいきたくなります。それ自体は問題ないですが、そのような不正をいくつか見つけたら、それで満足してしまい交際費を使った他の不正を見つけにいくことを忘れるといったようなことが無いようにしないといけません。
思い込みが強くならないようにするためには、こだわりを捨てる、ムキにならないということも重要です。自分のパターンにこだわり、誤っていると思いながらもそれをやり続けるといったようなことにならないように、自分に客観的になり、冷静に判断をすることが重要となります。
物事にとらわれないようにするために、私がしていることは、次の二つかなと思います。
1.あえて自分が考えたものと反対又は異なる仮説を立ててみる
2.ミクロで考えていたらマクロで、マクロで考えていたらミクロで仮説を検証してみる
「あえて自分が考えたものと反対又は異なる仮説を立ててみる」というのは、過去の経験に基づくと「コンピュータに詳しい人による不正」という仮説を立てた場合、いや、そうではなくて「コンピュータに詳しくない人が勉強をしてやってみた不正」という仮説も立ててみて、両方の検知で検証をしてみるということです。物事を多角的にとらえてみて仮説を立ててみるということになります。
「ミクロで考えていたらマクロで、マクロで考えていたらミクロで仮説を検証してみる」というのは、「鳥の目とアリの目」をうまく使い分けるということです。細かいことにこだわって確認をとった後、全体をもう一度俯瞰して、抜け漏れがないか、力を入れる領域を間違っていないかを確認してみるということであり、全体感を持ってみた後に、その仮説が検証可能なものかを具体的に掘り下げて検討してみるというようなことです。
とらわれずに物事をみつめるということは、思ったほどやさしいことではないので、意識して務める必要があると思っています。皆さんはどのようにしていますでしょうか?
【著作権は、丸山氏に属します】