第576号コラム:町村 泰貴 理事(成城大学 法学部 教授)
題:「倒産処理手続とデジタル・フォレンジック」

倒産処理手続は、特に管財型の手続においては、倒産者の総財産に関する管理処分権を管財人が取得し、倒産手続開始前後に逸出した財産の回復と、場合により隠匿された財産の取戻しによって倒産財産を増殖し、倒産債権者に対する公平な分配の原資とし、再建型にあっては再建計画の遂行に用いる。従って、倒産管財人が倒産者の財産に関する情報も取得利用することができなければならない。

そこで、倒産者は倒産管財人に対して財産に関する説明義務を負うとともに、管財人の情報取得・利用のために以下の条文が置かれている。

会社更生法75条 裁判所は、管財人の職務の遂行のため必要があると認めるときは、信書の送達の事業を行う者に対し、更生会社にあてた郵便物又は民間事業者による信書の送達に関する法律(平成十四年法律第九十九号)第二条第三項に規定する信書便物(以下「郵便物等」という。)を管財人に配達すべき旨を嘱託することができる。(2項以下略)

76条 管財人は、更生会社にあてた郵便物等を受け取ったときは、これを開いて見ることができる。(2項略)

77条 管財人は、更生会社の取締役、会計参与、監査役、執行役、会計監査人、清算人及び使用人その他の従業者並びにこれらの者であった者並びに発起人、設立時取締役及び設立時監査役であった者に対して更生会社の業務及び財産の状況につき報告を求め、又は更生会社の帳簿、書類その他の物件を検査することができる。

2 管財人は、その職務を行うため必要があるときは、更生会社の子会社(会社法第二条第三号に規定する子会社をいう。)に対してその業務及び財産の状況につき報告を求め、又はその帳簿、書類その他の物件を検査することができる。

同旨の条文は、破産法81条(郵便物の管理)、82条(郵便物開披権)、83条(報告徴求、帳簿、書類その他の物件の検査権)にも置かれている。

この内特に郵便物の管財人による受領と開披を行う権限は、憲法21条2項が定めた通信の秘密に対して例外を定めるものであり、倒産管財人の財産管理権限の重要さを物語っている。実際にも、管財人が倒産者の財産隠匿に対抗する手段として、これらの規定は現在まで重要な役割を果たしていると言っても過言ではない。

しかしながら、デジタル情報化時代を迎えた現在、紙媒体の帳簿や紙の郵便物を前提としたこれらの規定の存在意義が脅かされていることは容易に想像することができよう。コミュニケーション手段が郵便物中心であった時代から電子メール、SNS、その他のデジタル通信が中心となり、また帳簿、書類、その他の財産関係を明らかにすることのできる物件がデジタル媒体に蓄積され、場合によりクラウドサーバーに蓄積されるとなれば、管財人が紙媒体中心の時代と同様に調査能力を維持するためには、当然ながらデジタル通信をモニターする権限が必要であり、またデジタル媒体やクラウドサーバーに対する検査権を実質的に保障されなければならない。

その場合に問題は二段階に分かれる。第一段階は、現行法の上記規定がデジタル通信やデジタル媒体等に適用されるのかという問題であり、第二段階は、仮に適用されるとしても、現実に管財人がデジタル通信やデジタル媒体からの情報を取得できるかという問題である。

第一段階のデジタル情報への現行法の適用の問題は、会社更生法77条・破産法83条の帳簿、書類その他の物件の検査権については問題が少ないと言えよう。もともと法文には「物件」とあり、紙媒体に限る趣旨はうかがわれないし、管財人が取得するのはデジタル情報だとしても、それを記録したデジタル媒体は物件に該当すると解することができるからである。

これに対して会社更生法75条76条・破産法81条82条の郵便物管理・開披権をデジタル通信に適用することは困難があろう。憲法上の通信の秘密保護規定に対する例外という位置づけからも、これを類推ないし拡張解釈することは問題があると解さざるを得ない。実質的にも、紙媒体の郵便物とは情報量が格段に多いと考えられるデジタル通信情報の管財人管理・閲覧は、倒産者とはいえ、そのプライバシーに対する侵害度合いが格段に大きくなるということができる。立法論として拡張するのであれば、その情報取得の過程に倒産裁判所の関与を定めたり、その範囲の限定や正当なプライバシー保護のための仕組みを施すことが可能となるが、現行法の単純な類推ないし拡張解釈ではそれもできない。従って、立法によれば格別、現行法の下で管財人が倒産者のデジタル通信に管理・開披する権限を認めることはできないと解すべきであろう。

倒産者の情報媒体に対する検査については、法的に可能であると解したとしても、第二段階の情報取得可能性が問題となりうる。ここでは、特にデジタル・フォレンジック技術によって倒産者の有するデジタル情報を網羅的に検査・検索し、財産発見に役立てることが期待されるが、例えば暗号化されたデジタル媒体の復号を、倒産者の協力なしにすることは困難であろうと予想される。倒産者の情報機器に対するアクセス権を管財人が取得できれば、この困難は解消するが、財産隠匿を目論む倒産者が進んでアクセス権のすべてを管財人に供与するとは考えにくい。

さらに、クラウドコンピューティングサービスを利用している場合には、そのアクセス権も必要となるが、これも事実上は倒産者の協力を待たなければならないであろう。

もちろん、上記の説明義務や検査受忍義務に対する違反には罰則規定もある(会社更生法269条・破産法268条)。しかも法定刑は3年以下の懲役と、重いと評価できるが、適用例は乏しく、実効性には疑問が残る。

その上、巨額の隠匿財産が確実に突き止められるのであればともかく、デジタル・フォレンジック技術の利用コストは、たとえ可能であったとしても倒産管財人の利用に大きな壁となって立ちはだかることであろう。

そういうわけで、デジタル情報化社会における倒産処理手続には、デジタル・フォレンジック技術の活用が必須とも言えるのであるが、法的に、あるいは事実上、その利用が困難であり、従って管財人業務、ひいては債権者への公平な弁済も障害があるというのが現状である。

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