第577号コラム:松本 隆 理事(株式会社ディー・エヌ・エー システム本部 セキュリティ部)
題:「なぜ映画ルパン三世カリオストロの城の冒頭シーンでM国国営カジノの大金庫に大量のゴート札が保管されていたのか?」

今年2019年は映画ルパン三世カリオストロの城が公開されて40年となる記念の年です。実は私は、この映画を地上波、ストリーミング、パッケージあわせて200回は観た大ファンです。今回のコラムでは、なぜ映画ルパン三世カリオストロの城の冒頭シーンで、M国国営カジノの大金庫に大量のゴート札が保管されていたのかについて、映画本編と宮崎駿監督の絵コンテという限られた情報から想像を膨らませながら推察してみようと思います。あくまで思考実験としてお付き合いいただければ幸いです。なお、コラムには多くのネタバレを含みますので、映画を未視聴の方はくれぐれもご注意ください。といっても、過去何度も地上波で放送された公開40周年を迎える映画に、いまさらネタバレもない気もしますが。

問題の偽札のシーンは映画の冒頭、ルパンと次元の二人がM国国営カジノ(劇中ではカジノの看板に明確に国名が記載されてますが本コラムでは架空のM国とします)に盗みに入る場面に描かれています。カジノから50億$もの大金を盗み出したルパンと次元は、五右衛門が用意した愛車フィアット500に札束を押し込んで一目散に逃げだします。一時は札びらのシャワーに埋まりながらはしゃぎまわっていたルパンと次元ですが、ふと札びらを目にしたルパンが、急に興味を失った様子で次元に語りかけます。

『こいつぁニセモンだよ。よく出来てるがな』

『これが?まさか・・・国営カジノの大金庫からかっぱらったんだぞ』

『ゴート札だよ』

『ゴート札!幻のニセ札というあれか』

『国営カジノにまで出回って来たとはな・・・次元、次の仕事は決まったぜ前祝いにパァーッとやっか!』

そしてフィアットのサンルーフから、ヨット浮かぶコバルトブルーの地中海の空にライトグリーンの偽札をバァーッとまき散らすあの印象的なシーン。ゆっくりと主題歌「炎のたからもの」のイントロが流れるという、長編アニメ映画の教科書のような、美しく完璧なアバンタイトルです。

以前から、私はこの場面で一つ気になる点がありました。「なぜM国国営カジノの大金庫に50億$もの大量のゴート札が保管されていたのか?」という疑問です。ルパンの目利き通り、盗んだ札束が全てゴート札だったと仮定した場合、ナンバー不揃いのまま、真札と混ぜることなく金庫にこれだけの大量のゴート札を保管してあった状況は極めて不自然です。カジノ側が偽札だと知らなかったとはとても思えません。

ゴート札は、劇中において、ヨーロッパの架空の小国カリオストロ公国が国家事業として秘密裏に製造している、本物以上の品質と称えられる極めて精巧な偽札です。カリオストロの城の地下、印刷局のような高価な印刷機器が並ぶ巨大施設で、世界中の通貨を偽造していました。

しかし、冒頭のシーンを改めて確認した際に、まずM国カジノに大量に保管されているゴート札が全て米ドルである点にひっかかりを感じました。一般的にカジノではその国の通貨でチップを購入します。M国の場合はアニメの設定上、フランスフランである可能性が高いと思われます。ただし、観光客をターゲットにする国営カジノの場合、米ドルのような国際的にもメジャーな通貨に関しては、カジノ内に両替所が存在するでしょう。

そこで、当初、カリオストロ公国がカジノを通じて間接的に金融ネットワークにゴート札を乗せていたのではないか?と考えました。つまりM国、もしくは国営カジノの協力者を通じて、カジノでの両替時にゴート札を少量混ぜるわけです。少量といっても、国営カジノのギャンブルでは数十万~数百万$単位の入出金は珍しくもないですから、長いスパンで見るとかなりの量が捌けるでしょう。カジノの協力を得た結果ゴート札は、リゾートにやってきた利用客の手によって、知らず知らずのうちに世界中の金融ネットワークに乗せられてしまうわけです。

大量の現金を扱う場所でマネーロンダリングを行う手法は、アル・カポネの時代から定番の手法です。大金庫にまとめて保管してあったのは、マネロンの協力者である国営カジノが、手元の真札と混じらないように分別管理していたのかもしれません。ただし、この仮説を成立させるためにはM国が50億$もの大量の「偽札」を受け入れる理由が必要です。万が一偽札とバレた場合に、一方的に損失をこうむるのは偽札を保持するM国の国営カジノ側です。それに、そもそもの疑問として「本物以上と讃えられた精巧なゴート札」であるならば下手に小細工することなく、そのまま市場に流通させたほうが合理的でしょう。本物と見分けのつかない偽物は本物と同じというわけです。

ゴート札が複製する通貨の種類の多さにも気になります。劇中では日本の1万円札、西ドイツの千マルク札、ポンド、ドル、フラン、リーブル、ルピー、ペソ、クラウン、リラ、ウォンが挙げられており、文字通り世界中の通貨を偽造していました。単なる外貨獲得が目的であるならば、複製の難易度が高い割にリスクの高い、ただでさえ経済効果が低いといわれる通貨の偽造を、カリオストロ公国がこれだけ手広く取り扱う必要性が理解できません。

ゴート札が様々な通貨に対応している理由は、恐らくカリオストロ公国の歴史にあると考えます。劇中でのルパンのセリフにこうあります。

『中世以来 ヨーロッパの動乱の陰に必ずうごめいていた謎のニセ金。ブルボン王朝を破滅させ、ナポレオンの資金源となり、1927年には世界恐慌の引き金ともなった歴史の裏舞台、ブラックホールの主役ゴート札。その震源地を覗こうとした者は一人として帰って来なかった』

カリオストロ公国の暗躍の歴史は、古くは中世錬金術の贋金からゴート札までざっと400年。フランスとドイツという大国に挟まれた小国(リヒテンシュタイン公国がモデルのひとつとも言われています)が独立国家として体裁を保ててこれたのは、ルパンの言うように精巧なニセ金を武器に大国の政治・経済に介入し、弱みを握り、世界中の闇と深くつながりながら、渡り合ってきたからではないでしょうか。

カリオストロ公国の暗部を担ってきた伯爵家の、現代まで続く各国政府への影響力をよく表すシーンがあります。パリ国際警察本部に集まった各国インターポール代表が、カリオストロ公国への出動を主張する銭形警部をよそに、ゴート札の対応をめぐって足を引っ張り合うシーンです。

ソ連代表:『伯爵は西側の政界に友人が多いそうじゃないか。真相を暴かれると困る国も多いんじゃないのかね』

米代表:『そのとおり!現に大量のニセドルが、某国によって発注された証拠がある』

ソ連代表:『 このニセ(ロシア)ルーブルこそCIAの発注じゃないのかね!』

長官:『やめたまえ!ここに国家間の争いを持ち込んでもらっては困るのだ』

英仏代表:『さよう。ゴート札は各国毎に対策を考えてもらうしかありませんな・・・』

絵コンテで宮崎駿はこの各国代表のシーンに「この映画最高の悪党ヅラが集まっている」というコメントを書き加えています。それはともかく、私はこのシーンを観て国営カジノにゴート札が保管されていたもうひとつの仮説を思いつきました。それは、敵国に経済的な打撃を与えるための武器としてゴート札を発注した国が、商品を受け取るための、複数存在する窓口のひとつとして利用していたのではないかという仮説です。

インターポール米国代表の発言をもう一度思い出してみましょう。『現に大量のニセドルが、某国によって発注された証拠がある 』と確かに言っています。ルパンがカジノから盗んだゴート札は、実は某国が発注し受け取るはずだった「商品」ではなかったか。独立国家が営むカジノであれば、捜査の手も及びにくいでしょう。こう考えれば、ゴート札をカジノの大金庫にわざわざ分別管理してあった理由が見えてくる気がします。

今回コラムを書くために、改めてカリオストロの城を観なおし「なぜ映画ルパン三世カリオストロの城の冒頭シーンでM国国営カジノの大金庫に大量のゴート札が保管されていたのか?」という最初の疑問に、私なりに仮説を二つ立てました。一つはカリオストロ公国とM国によるマネロン説。そしてもう一つは(私はこちらが有力だと考えていますが)各国がカリオストロ公国に発注したゴート札を受け取る窓口のひとつとして、M国のカジノを利用していたとする説です。しかし仮にこのどちらであったとしても、独立国家であるM国がゴート札流通に加担する理由について、全く説明できていません。

もしかしたら、本物以上に本物らしいゴート札をカジノで扱うこと自体は、M国にとってはそれほど大きなリスクではないかもしれません。そしてM国も、劇中のカリオストロ公国も、ともに欧州の諸侯の封土が、近代国民国家の形成過程で特定の領土に取り込まれることなくそのまま維持されたマイクロステートという設定だとすると、M国はカジノを通じて陰謀に加担することによって、カリオストロ公国とともにヨーロッパで長く独立を保ってきたのかもしれません。いや、このあたりは完全にこじつけですね。正直なところ現状の手持ちの情報でM国が加担する理由を説明できない以上、真偽不明の仮説でしかありません。これ以上ボロが出る前に筆を置こうと思います。

ルパンの活躍によってカリオストロ伯爵の野望は潰え、国家ぐるみの偽札づくりも世界を巻き込んだ陰謀も終焉を迎えます。これからカリオストロ公国は弱く貧しい国になると思いますが、ルパンが最後に残したローマ時代の古代遺跡という贈り物が観光資源となり、女王クラリスがカリオストロ公国をしっかりと支えていくことでしょう。どのみち偽札づくりには未来はありませんでした。劇中時点ですら各国の印刷技術が向上し、ゴート札の品質は年々落ちていました。あれから40年過ぎた現実社会では、政府によってキャッシュレス化が推進され、一方ではLibraのような、おそらくカリオストロ公国の技術力をもってしても偽造が困難な、新しい通貨の時代が始まろうとしているのですから。

【著作権は、松本氏に属します】