第604号コラム:守本 正宏 理事(株式会社FRONTEO 代表取締役社長)
題:「米国ディスカバリ現場での経験に基づくAIと人の関わりについて」

「AIが人類を超える、いわゆる“シンギュラリティ”が近い将来実現する。」「AIが多くの人の仕事を奪い、人類を支配する。」「AIが人よりもはるかに高度な能力で多くの仕事をこなし、人に指示をだす結果、人は学習意欲がなくなり、人の成長もとまる。」―このようなAI脅威論が、AIブームの発生とともにまことしやかに語られ続けてきました。ハイプサイクルではすでに幻滅期に入っているAIですが、私は今でもなお職業柄、就職前のお子様を持つ親御さんから「将来AIによってなくなる職業は何ですか?」と質問を受けることが少なくありません。どうやらご自分のお子様にはAIが取って代わるような職業を選ぶのを避けさせようとお考えになっているようです。

さて、私たちがeディスカバリやデジタル・フォレンジック調査における証拠探しにAIを活用し始めてすでに7年以上になります。私たちはドキュメントレビューという、“人が読んで判断する作業”をAIに置き換えるソリューションを開発し、昨年4月には大幅に進化したバージョンを実用化しました。このような特化型AIがいよいよ実運用フェーズに入ってきている今、実際にAIを開発し活用してきた私たちの経験から、冒頭のような一般論とは違った視点でのAIと人との関わりを紹介したいと思います。

まずは、現在アメリカのリーガルテック業界で標準化が進んでいるTAR(Technology Assisted Review)についてご説明します。TARには、“TAR1.0”、“TAR2.0”などのバージョンがありますが、これらは学習方法の違いによるものです。TAR1.0は教師データを最初に選び、AIによって文書にスコアをつけるもので、TAR2.0はAIが自動で教師データを選び、継続的に学習を行いつつレビューを進めるものです。どちらが優位であるかはアルゴリズムやワークフローで違いがあるので、一概には言えません。さらに、AIによってElusion Test(対象のデータの低スコア領域にどの程度の重要文書が紛れているか)を行い、重要文書の割合が低いと判断した場合、その領域はAIだけでレビューを行います。このようにAIだけでレビューする領域を定めることをカットオフと呼んでおり、これらの手法も現在では標準化されています。

このようなAIを使ったレビューが一般的になりつつあるリーガルテック業界で、実際にAIを活用している弁護士たちはどのようにAIと向き合っているのかを調べるために、AIを活用したドキュメントレビュー作業後にアンケートをとりました。その内容は弁護士のドキュメントレビュー経験数によって大きく三種類に分類することができました。わかりやすくするため、ディスカバリでのドキュメントレビュー経験が少ない若手弁護士を(A)、経験がある程度ある中堅弁護士を(B)、経験豊富な弁護士を(C)とします。

弁護士(A)「AIがすごく役に立ちました!」

弁護士(B)「自分の判断とAIと比較して気づきがあってよかった。」

弁護士(C)「余計なバイアスになるのでAIの助言は活用しなかった。」

この反応から、それぞれのAIとの関わり方を分析するとすればこうなります。弁護士(B)は自分の判断を作業に生かしながら、AIも併用出来ており、理想的にAIを活用している。弁護士(C)には“Community Gap”が生じている(Community Gapとは、“AIの判断を信じないというよりは、自分の判断しか信じるつもりはない”という信念に近い動機によって発生するGapのこと)。弁護士(A)は、AIを活用しているように見えて実は、AIの判断の言いなりになってしまっている。

このように見ると、AIと良好な関係を築けているのは弁護士(B)だけ、となります。しかし別の見方をしてみるとどうでしょう。一見、弁護士(C)は全くAIを活用できていないように見えますが、AIにその経験や知識に基づく判断基準を教え込む役目として、実はAIと深く関わっています。また弁護士(A)は、AIの言いなりになっているように見えますが、AIの判断を真似るうちにその判断基準を身に着けていき、AIとともに自身の成長を速めています。弁護士(C)の知見が、AIを介すことで弁護士(A)に効率よく継承されているという点では、両者ともAIと深い関わりを持っていることになるのです。

このように、実際にAIが使われている現場を見てみると、その関係性はAI脅威論でしばしば語られる“AIを使う人/使われる人”、という単純な構造ではないようです。むしろ、AIを介すことで様々な個性や経験を持つ人間が相互成長していっているという見方もできるのではないでしょうか。

AIがもっと普及し、活用される社会が到来した時に、果たして人とAIはどんな関係を築いているのか、想像する上で参考になればと思います。

【著作権は、守本氏に属します】