第611号コラム: 佐藤 慶浩 副会長(オフィス四々十六 代表)
題:「テレワークで経営者だけが知っておくべきこと~ITよりも労務管理に注意」
本稿は、経営者向けの記事です。社員は読んではいけません。
今回の緊急事態宣言で、急遽、テレワークを始めた会社の経営者が知っておかなければならないことがある。
テレワークをするために、資料やパソコンの持ち出しのための検討ばかりをした会社は、特に要注意である。つまり、テレワークは、会社にとって、IT部門や総務部門が担当する情報管理やIT管理の課題であるばかりではなく、人事部門が担当する労務管理の課題であることを知っておかなければならない。
今回の対応で、従来から裁量労働制などになっていなかったのに、「なんだ、テレワークって思っていたより簡単にできたな。」と思っているとすると、ここで紹介する問題に陥りやすい。
ここでは、文面を読みやすくするために、会社と書くが、会社ではない機関などでも同じである。その場合は、文中の会社を機関、社員を職員などに読み替えて読んでもらうとよい。
まず、テレワークの前に、そもそも、勤務(就業)とはなんだったのかを見返してみると、決められた就業時間、決められた就業場所で、決められた仕事内容(就業内容)をすることである。そして、これらの決め事は、就業規則で定めており、変更するには、就業規則を改定しなければならず、就業規則の改定は労働基準監督署に届け出なければならない。
就業規則の作成義務がない規模の会社でも、労働条件通知書での社員への通知が必要なので、どんな会社であっても、変更するには、何らかの書面の改定をする必要がある。
実際にも、厚生労働省が出している「テレワークではじめる働き方改革ガイドライン」の中で、以下のとおり、テレワークの導入には、就業規則等の改定は避けられないとしている。
「テレワークを導入する場合には、就業規則などにテレワーク勤務に関して規定しておくことが必要です。(中略)テレワーク勤務に関する規定を作成・変更した際は、所定の手続を経て、所轄労働基準監督署に届け出ることが必要です。
例えば、テレワーク勤務について、就業規則に次のことを定める必要があります。
・テレワーク勤務を命じることに関する規程
・テレワーク勤務用の労働時間を設ける場合、その労働時間に関する規程
・通信費等の負担に関する規程
 なお、就業規則の作成義務がない会社では、前述のことについて労使協定を結んだり、労働条件通知書で労働者に通知することが必要です。
そのため、テレワークを始めるために、最初にすることは、対象者、対象業務、実施頻度の3つの範囲を検討することである。会社の業務・業態と社員の職種に合わせて、解決できる課題から取り組み、それぞれの実施範囲を段階的に順次拡大していくのがよいとされている。その点では、緊急事態宣言を受けて、急遽、テレワークを始めた会社は、これら3つの範囲をいっぺんに開放したような状態になっていることが考えられる。
テレワークには、在宅勤務、モバイルワーク、サテライトオフィス勤務がある。
今回の緊急事態宣言では、人との接触を減らすのが目的のため、在宅勤務にしたと思うが、それだと、就業条件である、時間、場所、仕事内容のうち、場所だけの変更になると思うかもしれない。しかし、在宅勤務における就業管理は、裁量労働制(労働基準法第38条の3と4)でなかった場合には、所定労働時間制となり、通常の時間管理制(同法第32条)、フレックスタイム制(同条の2、3、4)、事業場外みなし時間労働制(同法第38条の2)のいずれかで管理することになる。
就業時間というと、規則に定められているので、社員がその時間に出勤する義務が一方的にあるだけだと思っているかもしれないが、それは雇用契約上の義務である。労働基準法の観点からすると、会社が社員の就業時間を管理する義務がある。管理というと上から目線だが、社員を縛るためのものではなく、社員が安全に労働できている状態であることに会社が責任を持たせるためのもので、会社が社員の就業時間を把握する義務が法律上あり、労働者を守るためにある。
テレワーク前が、通常の所定労働時間制だった場合には、たとえば、朝9時出勤で夕方6時に退勤、昼休みは12時の前後15分以内から1時間などの場合には、在宅勤務でも同じ勤務をしなければならない。これを就業規則等の改定なしで変更することはできない。 オフィス勤務での昼休みは、弁当か外食、社員食堂の利用が想定されていると思うが、在宅勤務で調理するなら、昼休みの1間に収めないといけないことになる。また、家で子どもの面倒をみながらの在宅勤務であれば、子どもの世話をしている時間は、勤務を怠っていることになる。簡単にいうと、オフィスに子連れで来て子供の世話をするのと同じ扱いになる。
時間管理制でも、勤務の中断という規程を設けることはできるが、子どもの世話などの偶発的なことを想定しているものではないため、在宅勤務では、裁量労働制かフレックスタイム制のいずれかが適していそうである。
しかし、通常の時間管理制だったものを、裁量労働制やフレックスタイム制に移行するには、規則等を事務的に改定する以上の検討が必要になることは容易に想像がつく。
会社が時間管理を免れるものとして、事業場外労働制があるが、派遣先常駐などで社員の就業状態を直接把握することが困難な状況に限定されている。その点では、在宅で仕事をすると、直接把握できない状況と思うかもしれないが、「パソコンが使用者の指示で常時通信可能な状態ではないこと」「作業が随時使用者の具体的な指示に基づいて行われていないこと」という条件があり、在宅でインターネット接続したパソコンの使用を求めていると、該当させることができない。
そこで、裁量労働制やフレックスタイム制に戻ると、移行のための検討ですぐに思いつくのは、社員の業績評価基準の見直しや、その結果の管理職への周知・教育などの事業面のことがあると思う。それらの課題は、事業部門が想像を働かせれば洗い出していけると思うので、ここでは、法律上の課題を紹介しておく。
在宅での勤務になると、何が就業で、何は就業でないのかの区別の線引きが難しくなる。その点では、通常の時間管理制は、定めた時間帯の中か否かで判断でき、線引きはいくらか単純になる。
オフィス勤務のフレックスタイム制では、時間は自由だが、オフィスに出勤している間が就業となり、こちらも線引きはできている。しかし、テレワークでのフレックスタイム制や裁量労働制は、極端に言ってしまえば、社員が就業だと思ったことは就業になる可能性がある。
それを会社が把握しなければならないという義務は、本来はとても難しい。そこで、段階的にテレワークを導入する場合には、テレワークは社員の希望や選択で実施するという建付けから始めることが多い。
先述したとおり、会社が就業状態を把握する義務は、社員を守るためにあるため、その社員が希望して実施するということにすると、会社から社員に不利益となることではないということにしやすいからである。
その意味では、今回の緊急事態宣言の前から在宅勤務を導入していた場合も、もともとオフィス勤務が一切なかったのではなく、「在宅勤務をしてもよい」という状態だったとすると、今回の宣言への対応で「オフィスではなく在宅で勤務してください。」という指示は、それ以前の
在宅勤務と異質になっていることについて再確認の必要がある。(が、字数の関係で触れないことにする。)
裁量労働にしているのに、社員がしていることが就業か否かの線引きがなぜ必要になるかというと、労災保険適用の判断がひとつの理由である。
たとえば、オフィス内でトレイに行く途中に転んで怪我をすれば、基本的には労災になる。
しかし、それが在宅勤務中だとしたら、どう判断するのかということになる。
事例としては、「自宅で所定労働時間にパソコン業務を行っていたが、トイレに行くため作業場所を離席した後、作業場所に戻り椅子に座ろうとして転倒した事案は、業務行為に付随する行為に起因して災害が発生しており、私的行為によるものとも認められないため、業務災害と認められる。」とされている。これをフレックスタイム制で、どう線引きするのかということである。
ちなみに、トイレ休憩で離席することは、法律上は生理現象として勤務時間から除外されない。トイレ休憩ではなく、トイレ勤務ということだ。一方で、喫煙は、法律上は勤務をしていないことになるため、タバコ休憩ではなく、タバコさぼりという違いがあることは、あまり知られていない。喫煙者からすると、「いや、喫煙室での会話は仕事だ。」と言い出しそうだが、それなら、おやつ室があってもよいじゃないかとかいう話しも字数の関係で触れない。
家の中で転んで怪我をする人は少ないかもしれないが、今回のテレワークを在宅勤務にしっかりと限定しておらず、モバイルワークによるテレワークをあいまいに認めてしまっていると、歩きスマフォでの事故などの可能性がある。会社のメールを見ようとして、スマフォを落として壊れたとか。
そのようなことに備えるためには、「テレワークをしてもよい」のではなく、限定的にテレワークをした上で、定めた以外の勤務をしてはならない。とあらかじめ周知しておくことが考えられる。
歩きスマフォをしてはいけない。というためには、移動中は業務をしてはいけない。という覚悟が必要だ。
移動中にもメール連絡はとりたいが、歩きスマフォは禁止するというのでは、つじつまが合わない。
このような観点も含めて、労務管理としては、勤怠管理、在席管理、業務管理をしなければならないとされている。
また、テレワーク時の作業環境管理の義務もある。
近年、オフィスでは、「VDT作業における労働衛生管理」に対応したことが記憶にある人も多いと思う。
たとえば、パソコン画面は500ルクス以下、書面及びキーボード面は300ルクス以上の照明として明暗差をなくすなどの照度基準や、椅子と机とパソコンの高さの確認をして、必要に応じて改善をしたはずである。
実は、在宅勤務においては、オフィスで定めている労働衛生管理と同等のことが求められている。照度確認だけでも、社員ひとりひとりの家庭の確認は少なくない作業である。
さらに、テレワーク時のコスト負担がある。
書面での作業であれば文房具のコストくらいでわかりやすい。しかし、クラウドサービスで社員のパソコンやスマフォを使わせるなら、そのコストがあるし、会社のパソコンを貸与する場合であっても、
通信回線のコストなどもある。また、在宅で勤務するための光熱費のコストもある。特に一人暮らしや、共働きなどで、平日の日中は家に人がいなかった場合には、在宅勤務によってエアコンの電気代の追加支出が必要になるかもしれない。
先にも述べたが、テレワークを順次拡大しながら導入するなら、在宅勤務条件として、これらのコストの本人負担があっても在宅を希望する人などから導入を始めることができる。
今回の緊急事態宣言では、政府や自治体は、「なるべく、在宅で勤務してください。」と市民に要請した。
これに応じて、会社が社員に「在宅で勤務してください。」と指示した。ITの課題としては、それらの間に違いはないものの、労務管理の課題としては、違いがあることになる。
つまり、「テレワークしてもよい」と、「テレワークをお願いします」とは労務課題としては、抜本的なところで異なることを踏まえつつ、現状のテレワークが、「なんだ、テレワークって思っていたより簡単にできたな。」と思う事なかれと老婆心ながらご紹介しました。
注:本稿は、経営者向けの記事です。社員は読んではいけません。社員が読んで、「え?在宅勤務の電気代って請求できるんだ!」などと悪用してはいけません。
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