第624号コラム:須川 賢洋 理事(新潟大学大学院 現代社会文化研究科・法学部 助教)
題:「令和2年の著作権法改正」
先の通常国会において、2020(令和2)年6月5日にサイバー空間に多大な影響がある二つの法改正がなされた。「個人情報保護法」と「著作権法」である。今回は、このうち著作権法の改正点について簡単に解説してみたい。簡単に…という訳は、この法改正もまた細かな運用や線引きに関しては管轄官庁である文化庁が公開しているガイドラインやQ&Aなどを読まなければ分からなくなっており、詳細についてはそちらをご覧いただきたい…ということになる。Q&Aに関して今後も拡充される予定である。今回の法改正に関する資料は管轄官庁である文化庁-令和2年通常国会 著作権法改正についてにまとまっている。
今回の法改正の主目的は一言で言えば、海賊版コンテンツ対策である。特に漫画村などに代表されたコミック誌などの違法掲載サイトを念頭においたものになる。少し詳しい人であれば、このような海賊版サイトの対策としてユーザー側の利便性を狭めるやり方での規制が果たして適当なのかどうかが激しく議論されたこともご存じであろう。実は他にも細かな改正点があるのだが、今回は海賊版コンテンツ対策だけについて述べることにする。(なぜならば、余談ではあるが、「著作権訴訟における証拠収集手続きの強化」などいう改正項目もあるのだが、残念ながらこれはデジタル・フォレンジックとはまったく関係がないので。)
さて、海賊版対策の強化は二つの施策からなる。
一点目が、侵害コンテンツへの誘導や利用の為に用いられるサイト、いわゆる「リーチサイト」への規制。113条「侵害とみなす行為」を大幅に追記し、ここにリーチサイトやリーチプログラム(アプリ)に関する詳細な定義や規定を記載することにより、リーチサイトの運営行為/リーチアプリの提供行為やリンク提供行為を規制している。これらの行為には(親告罪にて)刑事罰が科されることがあり、リンク提供者には最大で3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金又はこれの併科、サイト運営者には最大5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金又はこれの併科となる。特筆すべき事としては、プラットフォーマーは規制対象外であることが法案の改正過程で明文化されている。このリーチサイト規制の改正部分に関しては本年の10月1日より施行となることが決まっている。
二点目が、「侵害コンテンツのダウンロード違法化」である。違法化と銘打っているが、多くの人がご存じのとおり今回初めて著作権侵害コンテンツのダウンロードが違法となったわけではない。2009年の法改正により従前から音楽や動画、つまり法律用語としての録音・録画著作物のダウンロードは違法であり、2012年の改正ではこれに刑罰が伴うようになった。俗にいう「ダウンロード刑罰化」である。この際、犯罪となる範囲を広くしないように「有償著作物」に限りダウンロードに関しては刑事罰が科された。ただしこの時の改正は議員立法によりかなり性急に行われており、それが今日の混乱の一因にもなった。そこで、繰り返すが事の経緯はさておき、今期改正では、この侵害コンテンツのダウンロードに関しては録音・録画されたものに限定せず、すべての著作物を対象範囲として広げることになったのである。これにより、漫画・書籍・論文・コンピュータプログラムも含まれるようになる。これだけ広範囲のものを含むことになるが為に、創作活動や研究活動への影響(萎縮効果)も憂慮され、その改正を巡って議論が起きたわけである。それ故、修正法案で軽微なもの(この場合の軽微とは、漫画の1コマ~数コマ)やパロディのダウンロードは規制対象外とし、刑事罰の適用についても継続・反復して行うよう悪質な行為に限定するものとされ、法案の可決に至った。量刑に関しては、最大で2年以下の懲役もしくは200万円以下の罰金又はこれの併科と、音楽・映像のみの時と変わりない。詳細な区分けに関しては文化庁の上記サイト内にある各種資料を参照いただきたい。こちらの改正は来年2021年1月1日より施行される。
さて、法律が制定されてしまった以上、その事についてどうこう言っても仕方がない。海賊版サイト自体は取り締まらなければならないものであることも間違いない。大切なことは今後の法制度がどうあるべきかを考えることである。技術の進歩が速いサイバー空間では、法律が実体と合わなくなることも十分起こりうる。例えば、今回のダウンロード違法化においてもコンピュータプログラムもその対象に加えられたが、オンライン・アクチベーションやサブスクリプション方式が普及した現在では、これらの被害はコミック誌の被害ほど際立つことはない。つまり、コミック誌の海賊版に関しても、紙コンテンツから電子書籍やオンライン書店への移行や電子透かし等のDRMの発展次第では縮小化し、今回の法改正も時代遅れになる可能性は十分ある。
著作権法は、新しい技術が登場する度に新たなものが追加される形での改正は頻繁に行われるが、一旦決めたその路線を変更する形での改正が行われることは非常に少ない。そろそろ不要になったもの・時代遅れになったものを取り去る引き算の形での法改正も行ってよい時期ではないだろうか?次回・次々回の法改正に向けて少しずつこのことを考えていくようにすべきである。
【著作権は、須川氏に属します】