第643号コラム:小向 太郎 理事(中央大学 国際情報学部 教授)
題:「米国で通信品位法230条の改正が議論されているのはなぜか」

米国連邦議会で、通信品位法230条の改正が議論されている。通信品位法230条というのは、いわゆるプロバイダ免責(媒介者免責)を定めた条文である。

議会上院は、11月29日に「230条の広範な免責は巨大IT企業に悪行を許しているのか?(Does Section 230’s Sweeping Immunity Enable Big Tech Bad Behavior?)」と題した公聴会を開き、フェイスブック、グーグル、ツイッターのトップを(オンラインで)呼びだしている。巨大ITプラットフォームが、そこで発信されている情報の内容について、あまりに無責任ではないかというのだ。

ところで、ここでいっている「無責任」というのは、どういうことだろうか。

まず、「自分勝手に検閲のような関与をするな」という声が、共和党側からある。たとえば、トランプ大統領の脱税疑惑報道は制限しないのに、バイデン元副大統領の不正疑惑報道はプライバシーなどを理由に制限しているのは、アンフェアで恣意的な検閲だと批判する。

これに対して、民主党からは「悪い投稿にもっと責任を持って関与しろ」という意見が出されている。フェイクニュースの拡散などの悪質かつ選挙等にも影響を与えうる投稿はもっと制限すべきだという。

ちょっと考えればわかるが、これらは全く正反対の意見である。どうも日本では「プラットフォーム事業者が公正中立でさえあれば、どちらの問題も解決するのではないか」と思っている人が結構いるように思う。しかし、米国で、今回の大統領選挙をめぐって世論がまっぷたつに割れていることを見れば、何がフェイクニュースなのかを「公正中立」に判断することが難しいのは明らかであろう。

ところで、通信品位法230条は、具体的にどんなことを定めているのか。新聞記事を見ると、「企業が投稿内容に手を加えたり、逆に放置したりしても法的責任を原則負わない(日経新聞「ネット表現の自由漂流、SNS3社トップ、公聴会で証言」2020年10月30日)」と説明されている。実は、この「原則責任を負わない」というのは、相当に強力である。

例えば、電子掲示板やSNSといったプラットフォームに、「明らかに名誉毀損だ」と判断できる投稿があったとしよう。日本でもEUでも、これによって被害を受けた人がプラットフォームに削除を依頼すれば、プラットフォームには対応する義務が生じる。明らかな権利侵害を放置すれば、損害賠償などの法的な責任を負うことになる。しかし、米国の通信品位法第230条では、こういった場合に放置しても、プラットフォームは何ら責任を問われないのが原則である。訴訟大国である米国で、グーグルに対して検索結果の削除を求める訴訟があまりないのは、この条項で門前払いになる
ことが、裁判上ほぼ確立しているからだ。

一方で、プラットフォームが、自分が問題だと判断した投稿を削除して表現の機会を奪っても、善意で自発的なものある限り、法的な責任は問われない。トランプ大統領は、ツイッターが自分の投稿に警告を付けたりしていることに激怒して、2020年5月に「大統領令」で規制しようとした。こうした行為は230条の本来の趣旨に反するのだという。しかし、米国の裁判所は、230条は、インターネット上の言論の自由と規制なき発展を目指し自主規制を奨励するために、強力かつ広範な免責を認めているのだという考えを、一貫して採用している。この大統領令に対しては、大手IT企業が出資するthe Center for Democracy and Technology (CDT)が無効の宣言を求めて訴訟を提起しており、少なくとも現在の内容のまま発効することはなさそうだ。こうしたプラットフォームの関与を制限するためには、法改正が必要であろう。

通信品位法230条は、インターネット上の情報の自由を重視し,媒介者の自主的な取組を促進するという、シンプルな原則に基づく制度である。従来の表現の自由が前提としてきた、「思想の自由市場」によって真実が判断されるという考え方に極端に忠実な、米国独自の制度であるといってもよい。しかし、爆発的に増大したインターネット上の情報がかつてない影響力を持つようになり、悪影響に対する懸念が顕在化するなかで、こうした原則を維持することが米国でも難しくなっているということである。米国の議論は、そういう意味でも注目に値する。

最後に、デジタル・フォレンジックとの関係について触れておこう。通信品位法第230条の規定は、世界有数の訴訟マーケットを持つ米国において、プラットフォーム事業者のコンテンツに対する責任に関する訴訟を封印するものである。この封印を解き放つことは、膨大な訴訟を新たに生み出す可能性が高く、その過程において、コンテンツに対する調査、証拠としての保全等のニーズが、新たに発生することになる。もし、通信品位法230条の見直しが行われるのであれば、米国におけるデジタル・フォレンジックの利用が、一段と拡大する可能性がある。

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