第675号コラム:町村 泰貴 理事(成城大学 法学部 教授)

題:「民事手続における情報のジレンマ」

 2019年、新型コロナが人類を襲う前の平和な時期に、破産者の実名や所在地をグーグルマップの上にピン付けして表示するという、いわゆる破産者マップ事件が表面化した。破産は、債権者だけでなく多方面に重大な影響があるので、破産者の住所氏名も特定した公告が行われる。しかしネット社会では誰でもそのような情報を発信して拡散できる一方で、プライバシーや営業秘密といった情報保護の必要性も高まっている。紙媒体の官報に載るだけではプライバシー侵害といっても理論上の問題に過ぎなかったものが、一気に現実の問題となり、公開の必要と弊害というジレンマが浮き彫りになった。

 破産に限らず民事紛争処理手続は、情報流通と情報処理のプロセスである。しかもそのプロセスに多かれ少なかれ権力性があるので、透明性が要求される一方、民事紛争は本質的に私事(シジ=わたくしごと)であるから、秘匿の利益もある。

 この対立状況は、憲法が公開主義を保障している訴訟手続のみならず、非公開の非訟手続だとされる民事執行、倒産手続にも共通して見られるし、さらには非公開性がメリットとして強調されることの多い仲裁やADRにも一定程度見られる。

 もともと民事紛争処理手続にはこうした公開と非公開の対立状況が存在したのだが、これに最近の民事裁判手続IT化が加わると、状況が変容することも考えられる。例えば訴訟記録のデジタル化や書類の提出・送付・送達がネットワーク化され、さらに電子的記録管理システムへの当事者のアクセスが認められると、その不正アクセスまたは漏えい事故のリスクが生じてくることであろう。こうしたセキュリティに関する部分は、法制審議会などの公開の場では情報が出されず、密かに裁判所が用意しているものと思われるが、完璧なシステムはありえないのであるから、情報漏えいや改ざんといった事件事故が起こった時の復旧・復元が可能な冗長性を備えておく必要がある。そこにはフォレンジック技術の活用が必要であることは言うまでもない。加えて、イレギュラーな情報漏えいが生じる可能性を考慮するならば、手続法としても特に秘密保護が必要な情報はそもそも記録しないという方策を考える必要がある。これは性犯罪被害者の保護などに関して実務が積み重ねているところでもあるが、実務の知恵に委ねるだけでなく、立法的見地からの検討も必要である。

 この他にも情報自体のデジタル化と情報流通過程のオンライン化には、多くの考慮すべき要素が存在するものと思われるし、IT化の対象が今は民事訴訟手続に限られているが、近い将来、民事執行、倒産処理、家事手続、そしてADRなどにも及んでいくと、それぞれの手続における情報の活用と保護のバランスを踏まえた上で、セキュリティ等の設計をしていく必要が出てこよう。

 裁判手続IT化の課題には、技術的側面も、そしてその技術に影響された法的検討の必要も山積しているのである。

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