第681号コラム:石井 徹哉 理事(独立行政法人大学改革支援・学位授与機構 開発研究部 教授)
題:「いわゆる業法における正当業務行為-電気通信事業法を例に」

 業法とは、業種ごとの基本的な事業要件を定めた法理です。ひらたくいいますと、
特定の事業・営業等について行政機関による規制を行い、営業の自由を一定程度
制約することで公共の福祉に資するように制定された法律です。例えば、銀行法は、
信用の維持、預金者の保護、銀行業務の健全、適切な運営を確保するために、銀行業を
営むために免許を受ける必要があるとし、銀行業務への参入を規制しつつ、銀行業を
営む主体にも各種の制約を課しています。こうした業法においては、行政機関、
監督官庁の適切な介入がおこなわれることを確保する手段が設けられているだけでなく、
業法において制定された規制についてその違反があるときは、罰則を科すことにより
規制の実効性を確保しています。医師法や弁護士法は、業法に数えられることはありま
せんが、特定の資格を有する者だけに一定の業務を認めるという点では、業法に類似
しています。

 この場合、重要なことは、ある特定の業種に許可制を導入している場合、当該事業を
営むことが一般的に禁止され、例外的に許可を受けたもののみが適法に営業できる
ということにあります。そして、通例、無許可営業について罰則が設けられています。
罪刑法定主義の原則から、許可を要する事業の範囲を明確に定めておくことが要請
されることになります。また、監督官庁等の行政の介入に際しても、当該業法に法律上
根拠づけられていることが必要です。

 しかし、近年の行政機関における運用をみる限り、必ずしも法律主義が徹底されて
いるわけではないように思われます。業法には属していないものの、直近の例では、
COVID-19のワクチン接種に係る人的リソースが不足した際に、厚生労働省は、「新型
コロナウイルス感染症に係るワクチン接種のための筋肉内注射の歯科医師による実施
について」(令和3年4月26日事務連絡)において、ワクチン接種のための筋肉内注射
については、「医行為」に該当し、医師資格を有さない歯科医師が反復継続する意思を
もって行えば、医師法17条に違反するとしつつも、歯科医師による接種の必要性、
必要な研修を受けていること、被接種者の同意を要件として違法性が阻却されると
しました。おそらく刑法35条の正当業務行為に該当するものと推察されます。医師法は、
医行為をおこなう資格に関する法律であるものの、「医業」を医師に限定して可能と
していることから、業法に近いものといえます。

 この場合、もっとも問題となるのは、医師法17条違反という形で同法31条1号の
構成要件該当性を肯定しつつも、厚生労働省の「法的整理」という名の下で違法性が
阻却されるとの判断が示されていることにあります。少し理論的な説明になりますが、
一般的に刑法における違法阻却事由は、裁判において裁判所がその有無を判断する
仕組みとなっており、法執行機関が例えば起訴裁量のなかで相応の判断がなされる
ことはあっても、事後的にその存否が要件解釈においても要件に該当する事実に
ついても行うものとされていることにあります。医師法を所管する厚生労働省が自らの
「法的整理」として独自に医師法違反に当たる行為について違法性が阻却されるとする
見解を示し、医師法違反の構成要件に該当する行為を推進することは、裁判所の判断を
先取し、司法権を侵害するのみならず、事実上行政による立法をおこなったとの同等の
効果を生み出す点において立法権をも侵害するものであり、国会を唯一の立法機関
とする憲法の趣旨にも反するものといえます。

 実際のところ、ICTに関する業法である電気通信事業法においては、監督官庁である
総務省による事実上の立法行為が繰り返しおこなわれてきた経緯があります。電気通信
事業法179条は、「電気通信事業者の取扱いに係る通信(……略……)の秘密を侵した
者は、2年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。」としています。ここにいう
「通信の秘密」は通信内容のみならず、通信者の属性、通信日時等の外形的情報を含む
ものと解されています。インターネット通信を扱う場合、パケットの中身を見ることに
よってパケットを適切なIPアドレスへと送ることができます。厳格に通信の秘密の
侵害を理解するのであれば、そもそも電気通信事業者を通じてインターネット通信を
おこなうことは不可能になります。この場合、インターネット通信の取扱いそのものが
電気通信事業にあたることから、電気通信事業を遂行する上で必要な処理、しかも
機械的な処理は、通信の秘密を侵害しないものと解釈することで、同法の通信の秘密
侵害罪の構成要件に該当しないと解することができます。

 しかしながら、総務省は、このような場合を越えて通信の秘密の侵害にあたる行為
であっても、これを刑法35条の正当業務行為として違法性が阻却されるものと法的に
整理してきました。例えば、DoS攻撃、スパム攻撃等において輻輳が発生し、円滑な
インターネット通信が阻害される場合、輻輳の原因を究明するために通信内容を電気
通信事業者が調査することは、正当業務行為にあたるものとしています。おそらく、
通信の秘密侵害罪が成立するものではないとの結論に異を唱える人はいないでしょう。
しかし、業法という法律の性格からみて、安直に正当業務行為を適用すべきとの理解は、
所管する行政機関のあり方として適切ではないでしょう。まず、行政機関の法的整理
によって違法性が否定される範囲が確定することは、罪刑法定主義、特に法律主義の
点において問題です。また、法律の文言以外の所管機関の考え方により処罰の範囲が
変化することは、明確性の原則を蔑ろにするものといえます。さらに、上記に示した
ように、刑法上の違法阻却は、最終的には裁判所の法的な判断によって決せられるべき
ものであり、これを行政機関が代替することは三権分立の観点においても妥当では
ありません。

 このような刑法上の違法阻却事由の行政機関による濫用は、緊急避難についても
拡大され、いわゆる児童ポルノのブロッキングにおいても緊急避難として可能である
とのガイドラインが策定され、通信の秘密侵害罪が成立しないものとされています。
著作権法改正において、ブロッキングを立法により可能とすべきとの議論では、
安易に緊急避難を肯定すべきでないとされましたが、立法で無理なものを行政機関が
立法せずに実施してよいのかは、疑問が残ります。児童ポルノの場合、ブロッキング
措置が結果として適切だからあえて問題にしないことが実は安易な違法阻却事由の
デフレ現象を招き、法律主義、三権分立を蔑ろにするものといえます。

 さらに、近時、総務省は、日本でのサイバー攻撃に対処する法解釈を整理する
という報道がなされた(6月28日 日経新聞「サイバー攻撃の指令元検知しやすく
総務省が法解釈整理」)。報道内容からすると、これまでと同様に電気通信事業者が
サイバー攻撃を指示する指令元を割り出すために、通信先のIPアドレス、識別番号、
タイムスタンプなどの取得を正当な業務として認めるようにするものであるという。
しかし、電気通信事業法の所管官庁である総務省であれば、端的に電気通信事業法を
改正して、当該行為を事業者において可能とするように規定するだけで足りるはず
である。この方が法律主義になじむものである。所管官庁の法解釈であとから
次々と合法となる範囲を解釈により整理するというのは、国会を経ずに実質的に
立法を行うものであり、妥当とはいえません。それほどまでに、立法権及び司法権を
侵害してまで電気通信事業法の「通信の秘密」を神聖化する理由があるとはいえない
ものと思われます。

【著作権は、石井氏に属します】