第688号コラム:伊藤 一泰 理事(一般社団法人日本野菜協会 アドバイザー)
題:「技術で解決できること・解決すべきこと」
技術者でもない私が、技術についてあれこれ述べるのは不遜であり、少々気が引ける題目だがご容赦いただきたい。
今から50数年前、まだ小学生だった私は、秋田県北部の小さな田舎町で暮らしていた。青森県に通じている幹線道路の国道7号線は、まだ大半が砂利道だったので、トラックやバスが走るたびに、もうもうと土煙が上がっていた。鉄道(奥羽本線)は、蒸気機関車がまだ主役の座にあったが、一日に数本、新型ディーゼル特急「白鳥」が優美で流麗なフォルムを田園風景に映して、矢のように走り抜けていった。
高度成長期の時期である。1964年、東京オリンピックを機に首都高速などの社会資本(インフラ)が急速に整備されていった。技術へのあこがれや期待は、このころから強く抱いていたが、決定的になったのは、1970年の大阪万博である。高校生の時だった。その高校の修学旅行は、例年なら京都・奈良の歴史遺産見学だったが、せっかく万博期間中なので、京都・奈良に大阪も付け加えられ、1日コースで万博会場を見学するという欲張りなものとなっていた。
各国のパビリオンが大勢の人気を集める中で、私が一番印象深く見学したのは「三菱未来館」であった。同館のテーマは、50年後(2020年)の暮らしや社会を大胆に予測するのというものであった。予測の中には、「働く時間は1日4時間に短縮される」という大外れのものもあったが、宇宙から気象観測するとか、壁掛テレビや電子頭脳が家庭に普及する等、極めて的を射た予測が多かった。
参考:みらい予想図
同館が示した未来予測は、「技術大国ニッポン」として、面目躍如だと思っていた。
先日、10月7日、首都圏に最大震度5強の地震が起きた。東京23区内で震度5強を観測したのは、2011年3月11日の東日本大震災以来のことだという。幸い死者は出なかったものの、表参道など都内23カ所で水道管からの漏水が発生したり、鉄道各線が運休・遅延し、多くの帰宅困難者が出ることとなった。
今回の地震で強く懸念したのが首都圏のインフラ老朽化問題である。東京都内では水道管そのものの破損は1件もなかったとのことだが、空気を抜く弁が地震の振動で不具合を起こした結果、漏水を引き起こしたらしい。我が国の社会資本ストックは高度経済成長期に集中的に整備され、今後急速に老朽化することが懸念されている。今後さらに、完成後50年以上が経過する施設の割合は加速度的に高くなる見込みであり、このように一斉に老朽化するインフラを戦略的・効率的に維持管理し、更新スピードを加速させることが求められている。
特に水道管の老朽化は深刻な問題だ。国内では、高度成長期の1960~1970年代に敷設された水道管が多い。既に50年から70年が経過し耐用年数を超過している管が多いと聞く。特に地方では、劣化した管の更新工事が追いついていないのが現状である。
10月3日、和歌山県で紀の川に架かる水管橋が突然壊れて、和歌山市北部の約6万戸が断水する事態となった。原因は鳥のフンが水管橋に付着し腐食が進んだからと言われている。だとしたら、もう少し早く気付いて対策を取れなかったものか。水道だけではない。高速道路や主要橋梁は、定期的な点検整備が行われていると思うが、チェックから漏れてしまっているインフラもあると懸念している。高度成長期に整備されたインフラについては、建設後50年以上経過する施設の割合が加速度的に高くなる。損傷程度が徐々に悪化し、危険性が増嵩し、供用が不可能となる前に対策を打たなければならない。
今から90年ほど前、1932年(昭和7年)2月27日に、戦前の航空会社「日本航空輸送株式会社」の「白鳩号」(ドイツ・ドルニエワール飛行艇)の墜落事故があった。同機は、九州の上空で、吹雪のため視界が悪い状態で山中に迷い込み、機体が空中分解して墜落した。この事故で、文部省(現・文部科学省)に初めて事故調査委員会が設けられた。
この時、関係者がバラバラになった機体の破片を丹念に集め、多角的な調査分析を行っている。まさに、正確なデータの収集・蓄積と緻密な分析である。その様子は、寺田寅彦の「災難雑考」という随筆に詳しく紹介されている。寺田によれば、事故の背景には、「たった一本の銅線に生命がつながっていたのに、それをだれも知らずに安心していた」という状況があり、「この命の綱を少しばかり強くすれば、今後は少なくもこの同じ原因から起こる事故だけはもう絶対になくなる」と書いている。
最近増えてきたインフラの事故にも言えることだ。重要な部品が突然破断したり、経年劣化で突然崩壊するような事故の場合、日常的な監視体制が抜け落ちていることが多い。人間の目によるチェックには限界がある。慣れによる思い込みもあろう。そこを補完する技術が求められているのではないか。最新のセンサー技術やGPSを使って得られたデータの蓄積をAIを活用して瞬時に分析し、人間の判断が不十分であっても危険を回避することは不可能ではあるまい。水道や道路など命に係わるインフラの老朽化対策は、二重、三重のチェックをしてもらいたいものである。
本コラム第686号で、西川徹矢理事が「兆候分析」というフレーズを使って、予兆や兆候情報の分析、データ化等の重要性について言及されているが、まさに時宜を得たご意見だと思う。正確なデータの収集・蓄積と緻密な分析こそが「技術立国ニッポン」の礎となると信じている。「技術で解決できること・解決すべきこと」は、インフラの老朽化委対策以外のも多々あると思う。またIDFにおいても各研究者のご努力によって、「技術で解決できること・解決すべきこと」が推進されることを強く期待する次第である。
【著作権は、伊藤氏に属します】