第730号コラム:尾崎 愛実 氏(杏林大学総合政策学部専任講師、IDF「法務・監査」分科会主査)
題:「ウェアブルカメラの捜査活用について」
報道によれば、JR東日本は、2022年4月から、夜間に勤務する駅員対してウェアラブルカメラの配備を検討しているという。導入の目的は、乗客とのトラブル防止や犯罪被害に遭うリスクの減少とされており、国土交通省によると暴力対策目的での導入は鉄道業界においては初とされる(※1)。
ウェアラブルカメラ(ボディカメラ)とは、いわゆる装着用小型カメラを指すが、わが国では、未だ明確な運用ルールは策定されていないように見受けられる。これに対し、米国では、2014年のマイケル・ブラウン射殺事件(ファーガソン事件)及びエリック・ガーナー窒息死事件の両事件を契機として、捜査機関に対してウェアラブルカメラの導入を求める声が高まった結果、現在では、全米各地で警察官にウェアラブルカメラが装備されるようになり、運用指針の策定や関連する法律の改正もなされている。マイケル・ブラウン射殺事件とは、白人警察官がアフリカ系アメリカ人と揉み合いとなったところ、武器を所持していなかった同人を射殺せしめた事案であり、エリック・ガーナー窒息死事件とは、白人警察官がアフリカ系アメリカ人を取り押さえようとして首を絞めて同人を死亡させた事案である。両事件では、白人警察官の行動が人種差別的であるとして抗議運動に発展した。特に、マイケル・ブラウン射殺事件においては、エリック・ガーナー窒息死事件と異なり、事件の様子を撮影した動画が確認されていないことから、大陪審が白人警察官の証言を採用して本件を不起訴としたのではないかとの批判があり、このような批判が抗議行動を劇化せしめた。これを受けて、オバマ大統領(当時)は、「5万台のウェアラブルカメラの購入を支援する」ことを目的として、7億5千万ドルの資金調達の強化を政策として打ち出した。米国各地のウェアラブルカメラの導入は、警察官の不正行為を記録・抑止する手段としてウェアラブルカメラの義務付けを促進すべきとの声を受けたものである。他方、捜査機関においても、ウェアラブルカメラを利用することにより行動の透明性を高めることができる。
この点、米国では、「ほとんどの警察官は、適切な判断で危険な状況に対処している。だが、ある状況がどのように展開したかを検証するために客観的な記録が必要な場合、それが警察官の判断を正当化するためであれ、不正行為を罰するためであれ、ウェアラブルカメラの映像は、時には不完全であっても公平な目撃者となる」との指摘がある(※2)。
実際に、ウェアラブルカメラの試験的運用を行った地域では、①警察官による有形力の行使の減少、及び、②警察官の違法又は不適切な職務執行を理由とする市民から寄せられた苦情の件数の減少がみられている(※3)。
米国では、ウェアラブルカメラは、捜査機関と市民の双方にメリットをもたらすものとされ、積極的に導入が進められているのである。しかし、ウェアラブルカメラの捜査利用についてはいくつかの懸念がみられる。たとえば、テキサス州では、州法に基づいた運用によると、一般市民がウェアラブルカメラの映像にほとんどアクセスすることができず、ウェアラブルカメラのメリットの一つである捜査機関の行動の透明性の向上に繋がっていないとの指摘がある。米国では、政府の行動を記録し、公文書にアクセスする市民の権利は、合衆国憲法第1修正に基づくものとされている。そこで、論者によれば、ウェアラブルカメラ映像の公開については、原則として情報公開法に基づくべきであり、公開の例外は法執行機関の安全を確保する場合や個人のプライバシーを保護する場合に限られるべきであるとされる(※4)。
しかしながら、ウェアラブルカメラの映像には個人に関するセンシティブな情報も含まれている可能性が高いことから、このような情報が情報公開法に基づいて広く開示されるとなると、プライバシーの権利との緊張状態に陥ることになりかねないとの見解もみられる(※5)。
さらに、将来的には、ウェアラブルカメラと顔認証技術を組み合わせた捜査利用が想定されるが、このような捜査利用は、法執行機関が民間人を画像化し識別化する能力を有するようになることと同義であり、合衆国憲法第4修正の「捜索」に該当し得ると示唆する見解がある。しかし、視覚的な監視は「捜索」にあたらないとしてきた従来の判例法理によれば、ウェアラブルカメラと顔認証技術を組み合わせたライブストリーミングがなされた場合ではあっても、「捜索」には該当しないとの反論もなされよう。他方、「政府が、一般市民が使用していない装置を使用して個人宅の内部を探ることは『捜索』にあたる(※6)」とした判例法理を当てはめた場合、ウェアラブルカメラと顔認証技術を組み合わせたライブストリーミングは、一般人が使用不可能な高度な技術であることから、「捜索」とされる可能性もある(※7)。
なお、近時では、市民の側が、警察官や公務員の行動を撮影し、動画サイトにアップロードするといった行為も増加している。これに対し、警察官が、パトロール中に著作権侵害に厳しい音楽を流すことでアップロードを阻止しようとしたケースも報道されている(※8)。さまざまなウェアラブルカメラの活用事例が想定されるところ、今後、わが国においてウェアラブルカメラの導入が本格化されていくのであれば、運用にあたり、透明性とプライバシー保護の両立が確保されなければならないと思われる。
(※1) 共同通信「JR東日本、駅員がカメラ装着暴力対策で4月導入検討」(2022年1月24日)。https://nordot.app/858230841553387520
(※2)Jack Greiner & Darren Ford, Public Access to Police Body Camera Footage – It’s Still Not Crystal Cleir, 86 U. CIN. L.REV. 139 (2018).
(※3)(一財)自治体国際化協会ニューヨーク事務所「米国警察におけるソーシャルメディアと装着用小型カメラの活用事例」34頁。http://www.clair.or.jp/j/forum/pub/docs/415.pdf
(※4)David Trausch, Real Transparency: Increased Public Access to Police Body-Camera Footage in Texas, 60 S. TEX. L. REV. 373 (2019).
(※5)Bryce Clayton Newell, Collateral Visibility: A Socio-Legal Study of Police Body-Camera Adoption, Privacy, and Public Disclosure in Washington State, 92 IND. L.J. 1329 (2017).
(※6)Kyllo v. United States, 533 U.S. 27 (2001).
(※7)Kelly Blount, Body Worn Cameras with Facial Recognition Technology: When It Constitutes a Search, 3 CRIM. L. PRAC. 61 (2017).Available at: https://digitalcommons.wcl.american.edu/clp/vol3/iss4/4
(※8)Julian Mark, Police under review for blasting Disney songs in alleged attempt to keep videos off social media, The Washington Post, April 12, 2022.https://www.washingtonpost.com/nation/2022/04/12/santa-ana-police-disney-music/
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