第778号コラム:須川 賢洋 理事(新潟大学大学院 現代社会文化研究科・法学部 助教)
題:「生成系AI前夜までの著作権議論をまとめる

生成系AIの急速な普及に伴って、それらを利用する際の著作権侵害を始めとする法律上の問題についての議論も活発になってきた。政府(首相)も2023年6月の知的財産戦略本部の会合で、この件について検討し必要な対応策を取っていくことを表明した。

そこで本稿では、生成系AIの著作権問題について考察するための前提知識として、将来の話ではなく、今までの話、つまり生成系AI前夜までの著作権の状況を簡単にまとめてみたい。なお、ここでいう生成系AIにはChatGPTのような対話型文章生成AIだけでなく、画像や楽曲の生成AIも含むものである。

まずもっとも基本的な前提として、著作物とは「人」の知的創作活動の結果制作されたものに付与される権利であり、「思想又は感情を創作的に表現してるか?」によって著作物かどうかを判断している。また、権利である以上、機械や動物はそもそも権利の客体にはならないので著作権者になり得ることはない。機械に著作権を認めたければ、機械を法的に人と同様にみなす必要がある。人以外で権利の客体になるのは法的に人と同様に扱うと認められた「法人」だけである、つまりAIに「人格」を認めるのであれば、法人と同様に社会が合意してAIに法人格が付与されるプロセスが必要になる。

さて、実はこの分野の議論が以前からまったくなされてこなかったわけではない。むしろ早すぎるくらいの時期に既に政府の著作権審議会の中で検討されている。まだ著作権審議会が分野毎に細かく分かれていた時代で、第9小委員会から「コンピュータ創作物」に関しての報告書が、大幅に年を遡ること、平成5年(2003年)に既に出されている。ちょうど「マルチメディア」なる言葉が流行った時期でこのマルチメディア著作物の権利処理を考察するために筆者も本報告書を大変参考にした記憶がある。問題は、この平成5年の報告書以来、公式見解がまったくアップデートされていないことにある。言うまでもなく当時と今ではICTの技術水準がまったく異なる。

この報告書は、「(公益財団法人)著作権情報センター」がHTML化したものを公開している。https://www.cric.or.jp/db/report/h5_11_2/h5_11_2_main.html にて閲覧可能である。そこに書いてあることを、非常に簡潔に述べると、「コンピュータによって創作された作品の著作権はオペレータ、つまりパソコンの操作者にある」というものである。ただし、見落とされがちであるが「プログラマの貢献度が非常に高い場合、つまりオペレータの意思があまり入り込む余地がない場合はプログラマに著作権がある」という趣旨も読み取ることができる。さてこの理論は、そのまま生成系AIでも通用するのかどうか、まずそこから考える必要がある。

次に、生成系AIと著作権の関係で良く引き合いに出される条文として、著作権法「30条の4」がある。

(著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用)
第三十条の四 著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
 一 著作物の録音、録画その他の利用に係る技術の開発又は実用化のための試験の用に供する場合
 二 情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の  要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うことをいう。第四十七条の五第一項第二号において同じ。)の用に供する場合
 三 前二号に掲げる場合のほか、著作物の表現についての人の知覚による認識を伴うことなく当該著作物を電子計算機による情報処理の過程における利用その他の利用(プログラムの著作物にあっては、当該著作物の電子計算機における実行を除く。)に供する場合

以前からデジタル・フォレンジックを行うに際しては非常に有益な条文であると言ってきたものである。これを根拠に「他人の著作物に類似した作品を機械で作っても問題ない」という主張が成り立たないことは条文を読めば明らかである。しかし、大量の著作物を教師データとして食べさせるまではOKと読むこともできる。とすると、次に本当にビッグデータと言えるだけの大量のデータで学習した場合に、果たして既存のものに類似した作品がそんなに簡単にできあがるのであろうかということを考察しなければならない。これはAIの透明性の問題へと繋がる。

実はこの30条の4は、平成30年(2018年)の法改正でそれまでバラバラだった条文を整理統合して再配置したもので、例えば情報解析に関する規程はそれ以前は「47条の7」にあった。平成30年改正の最大の目的は、ビッグデータに関する日本の競争力を上げることにあった。また、セキュリティ確保のためのソフトウェアのリバース・エンジニアリングにお墨付きを与えることも目的の一つであった。さらに遡って、旧47条の7を始めとする、現行30条の4、また関連の現行47条の4に整理統合された各種条文は、平成21年(2009年),平成24年(2012年)の法改正時に追記されたもので、インターネット検索エンジンの普及などといったこの当時の技術的背景が改正理由であったことも考慮しなければならない。特に平成30年改正は、その基本哲学が「規定の抽象度を高め適切な柔軟性を持たせた柔軟な権利制限規定を整備」することにあったことを忘れてはならない。この「デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定に関する基本的な考え方」については文化庁Web https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/h30_hokaisei/pdf/r1406693_17.pdf にてQ&A形式のものを読むことができる。

ここまでが、機械生成作品に関する歴史を踏まえた事実である。これらを知識の土壌として、我々はこれからの生成系AIに関する知的財権処理について考えて行かねばならない。ここであえて著作権処理と書かず知的財産権処理と書いたのは、必ずしも著作権法の枠組みだけで考えられるわけでなく、広義の知的財産の問題として捉える必要があるからである。このことは、政府方針も決して著作権に限定しているわけでないことからも見て取れる。

【著作権は、須川氏に属します】