第779号コラム:佐藤 慶浩 理事(オフィス四々十六 代表)
題:「健康保険証としてのマイナンバーカード」

以前、デジタル・フォレンジック研究会第645号コラム「身分証明書としてのマイナンバーカード」で、マイナンバーカードを身分証明書として取り扱う場合の運用上の課題について紹介しました。この記事については、以下のページで参照していただけます。

https://yoshihiro.cocolog-nifty.com/postit/2020/12/post-e92d7b.html

この記事では、マイナンバーカードを健康保険証として使うことについて紹介します。

マイナンバーカードを健康保険証として使うことには、日本医師会などが永らく反対していましたが、最終的に厚生労働省の「医療等分野における番号制度の活用等に関する研究会」で2015年に反対しなかったことにより、現在の健康保険証利用の道筋ができました。筆者も委員として参加した同研究会の報告書は以下のとおり公開されています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000106604.html

報告書に「医師会として同意する。」という明文があるわけではないですが、マイナンバーカードの健康保険証利用について記載された報告書において、研究会委員として「反対する。」と記載することを求めなかったことで、それ以前のような反対ではなく黙認したということになります。ただし、具体的な条件として「見えない・預からない」という条件が示され、医療現場で「マイナンバーが見えない」「マイナンバーカードを預からない」ことが報告書の中で繰り返し明記されています。この条件においては、黙認するということになります。

マイナンバーカードに、マイナンバーを目隠しするケースが付属しますが、それの端緒のひとつになっています。(これについては、他の場面でも同じ懸念が示されたため、いくつかあるうちのひとつです。)

マイナンバーは、正式名称も個人番号であることから、なんにでも使える国民の識別番号のように思うかもしれませんが、用途は社会保障・税・災害対策に限定された番号です。マイナンバーカードを健康保険証に使うことになりましたが、その言葉通りで、マイナンバーを健康保険に使うことはありません。健康保険に使ってしまうと、マイナンバーの用途から逸脱してしまうからです。

マイナンバーカードのIC部分に被保険者であることの資格確認情報を格納するだけで、カードに診療情報が記録されることも、マイナンバーを資格確認に用いることもありません。

簡単に言うと、マイナンバーから、社会保障と税など個人の情報が特定されることはあり得ますが、診療情報など医療に関する情報が特定される経路はないため、特定されることすらないので、万が一にもアクセスされることはないということです。マイナポータルで自分の医療情報にアクセスできますが、マイナンバーを使ってアクセスしているわけではありません。その意味では、マイナポータルは、マイナンバー・ポータルではなく、マイナンバーカード・ポータルということです。

しかし、マイナンバーが診療情報に紐づけられないということは、目に見えるものではありません。逆に目に見えるものとして、医療現場で医療従事者がマイナンバーカードを取り扱うことになれば、医療機関がマイナンバーを参照したり紐づけたりしているのではないかという疑念を持たれる可能性があります。

マイナンバーカードを取り扱ってしまうと、そこに記載されているマイナンバーについて見たり控えたりしない運用をしっかりしているとしても、見たり控えたりしているのではないかという疑念を持たれてしまった場合に、それらをしていないことを証明することは、悪魔の証明になってしまいます。それを避けるには「見えない・預からない」ことを条件にする必要がありました。拙著の「身分証明書としてのマイナンバーカード」で、身分証明書としてマイナンバーカードを受け付けない公立図書館があることについて触れましたが、同じ懸念からくるものです。

そのような背景により、医療現場でマイナンバーカードを健康保険証として使う場合は、マイナンバーカードの取扱いは患者本人だけが行ない、医療従事者はカードには触りすらしないということであれば、医師会としては反対しないということになり、条件として明記されました。

なお、従来の健康保険証は医療機関の窓口に月初めに一回提出するだけでよいのに、マイナンバーカードだと患者自身が毎回カードリーダで読み取る必要があり、患者にとっての利便性が低下したと思う人がいるかもしれません。特に混雑している窓口では、従来の健康保険証は診療カードと一緒に窓口に提出すれば、後は診療の順番まで待っていればよく、待ち時間が長ければ、買い物に出かけたりできるわけです。

マイナンバーカードでは、少なくとも、カードリーダを通す列に自分で並ぶ必要があります。自分でやることになったことについては、背景として説明したとおりです。では、従来の健康保険証の提示は月初めの1回だけなのに、マイナンバーカードの読み取りは毎回なのでしょうか・・・

これについては、諸事情によりこの記事で具体的に書くことができません。上記報告書の中に、すごくさらっと書かれており、その箇所に関連する議事録などにも目を通していただくと察することができるようになります。ご興味があれば参照してみてください。

率直に言うと、マイナンバーカードを健康保険証に使うのは筋がよいとは言えません。 健康保険に使うことが法律上認められていないマイナンバーでありながら、そのマイナンバーのためのカードを使うのは、マイナンバーを使っていることにはならないという建付けで難解です。さらに、マイナンバーを取り扱っているという疑惑を受けないために、医療現場での患者の利便性が下がってしまうというのは本末転倒でしょう。

マイナンバーカードの発行を任意としながら、それを全国民に発行するための手段として、全国民の加入が義務付けられている健康保険のための健康保険証を廃止するというのもおかしな話しです。最終的にどう落ち着くのかが、まだ見えていませんが、「身分証明書としてのマイナンバーカード」でも書いたとおり、はりぼて式からの脱却をすべきなのではないかと思っています。


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