第780号コラム:丸山 満彦 監事PwCコンサルティング合同会社 パートナー、情報セキュリティ大学院大学 客員教授)
題:「国家安全保障戦略 - 何をだれから守るのか? 国益 (National Interests) とは何か?」

昨年12月に国家安全保障戦略が閣議決定されました。2013年に策定されてから、9年目の改訂ということになります。日本近辺では、中国が経済的にも、軍事的にも拡大しているというのも背景にあるのでしょう。また、サイバー攻撃や偽情報の拡散等による影響工作等により、平時と有事の境がグラデーションになり、平時と思える状況であっても、有事を想定した準備をより強くしていく必要があるというのも、今回の改訂の背景にあるかもしれません。でも、振り返って考えてみると、安全保障戦略によって守るべきものは何かという議論が十分に行われていないような気もします。ややもすると、守り方の手段(例えば、防衛費の増額。アクティブサイバーディフェンスの是非。クリアランス制度の創設など)の話に意識が行きがちなのかもしれません。私たちは、何をだれから守ろうとしているのでしょうか?少しそういう視点で考えてみるのも悪くないかもしれません。

安全保障戦略では、国家の安全保障戦略を定める際の原点となるべき我が国の国益を最初に示しています。安全保障戦略で我が国が守り、発展させるべき国益 (National Interests) は次のようになっています。


1.我が国の主権と独立を維持し、領域を保全し、国民の生命・身体・財産の安全を確保する。そして、我が国の豊かな文化と伝統を継承しつつ、自由と民主主義を基調とする我が国の平和と安全を維持し、その存立を全うする。また、我が国と国民は、世界で尊敬され、好意的に受け入れられる国家・国民であり続ける。

2.経済成長を通じて我が国と国民の更なる繁栄を実現する。そのことにより、我が国の平和と安全をより強固なものとする。そして、我が国の経済的な繁栄を主体的に達成しつつ、開かれ安定した国際経済秩序を維持・強化し、我が国と他国が共存共栄できる国際的な環境を実現する。

3.自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配といった普遍的価値や国際法に基づく国際秩序を維持・擁護する。特に、我が国が位置するインド太平洋地域において、自由で開かれた国際秩序を維持・発展させる。


実は、英語を読むとわかりやすいかもしれません


1.Japan will maintain its sovereignty and independence, defend its territorial integrity, and secure the safety of life, person, and properties of its nationals. Japan will ensure its survival while maintaining its own peace and security grounded in freedom and democracy and preserving its rich culture and traditions. Furthermore, Japan and its nationals will continue to strive so that Japan and its nationals are respected and favorably regarded around the world. 

2.Japan will achieve the prosperity of Japan and its nationals through economic growth, thereby consolidating its own peace and security. And, while working to realize Japan’s economic prosperity, Japan will maintain and strengthen an open and stable international economic order and achieve an international environment in which Japan and other countries can coexist and prosper together. 

3.Japan will maintain and protect universal values, such as freedom, democracy, respect for fundamental human rights and the rule of law, and international order based on international law. In particular, Japan will maintain and develop a free and open international order, especially in the Indo-Pacific region where Japan is situated.


この国益を守るための安全保障戦略ということになっています。守るべきものは上の内容のようです。

最初にかかれているのが、主権 (sovereignty) です。主権を守るといっています。主権というのは何でしょうか。対外的には自律性ということなのでしょうかね。この対外的な自律性を保つために誰がその内容を決めるかということで、今は国民がそれを自律的に決めるということですので、主権在民というのが、今の我が国の立場ですね。この国民主権につながる民主主義という考え方も守るべき国益の一部となっていますね。領域の保全 (territorial integrity) も守るべき国益の一部になっていますね。フィジカルな領域というのは、まだわかりやすいですが、サイバー空間における領域というのはどこまでを指すのでしょうかね。国民の生命、身体、財産は当然そうでしょう。そして、我が国の文化や伝統を継承しつつと続きます。我が国の文化や伝統というのは、国民自体が大切にしているのでしょうか?一部の自分にとって都合の良い部分を切り取っていないでしょうか?もちろん、文化や伝統も時代と共に変わっていく部分もあります。ただ、本質的なものは大切にする必要があるのでしょうね。その本質に迫るほど、日頃私たちは、文化や伝統について考えているでしょうか?自由と民主主義も国益の一部となっています。ただ、この考え方を日本人が本当に大切にしているのでしょうか。

二番目では、平和と安全を強固にするためにも経済の繁栄が必要と言っています。その経済の繁栄は他国との共存共栄であるべきだとしています。経済安全保障の議論はありますが、一部の例外を除き、やはり共存共栄という話になるのではないかと思います。

三番目では、維持、擁護すべき価値観に触れています。普遍的な価値 (universal values) (自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配など)、国際法に基づく国際秩序の維持、擁護も国益の一部となっています。基本的人権の尊重というのは、本当に日本人自体が大切にしているのか?LGBT+の議論をみていると感じないわけではないですが、日本人自体が自国の国益を大切にしないといけませんね。

これらを国益として守るものとすれば、この国益を犯すおそれのある国等から守るという話になるのでしょう。主権を犯そうとしている国があれば、その国から守るということになるのでしょう。そのような国というのは、本当はどのような国かよく考える必要があるかもしれません。

あと最後に一言。英語の文ですが、主語が “Japan” というのが気になりませんか。私は ”we” のほうがしっくりくるように思うのですが、皆様はどうでしょうか?


(参考)

日本と米国の安全保障戦略についての「まるちゃんの情報セキュリティ気まぐれ日記の記事」

日本の安全保障のページには、日英の対訳にしているので、参考になると思います。また、米国の安全保障については、仮訳もつけています。

日本

・2022.12.18 国家安全保障戦略が閣議決定されましたね。。。(2022.12.16) 対英訳付き…

米国

・2022.10.14 米国 国家安全保障戦略

http://maruyama-mitsuhiko.cocolog-nifty.com/security/2022/10/post-955eba.html


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