第817号コラム: 湯淺 墾道 理事(IDF副会長、明治大学 公共政策大学院 ガバナンス研究科 教授)
題:「生成系AIによるロボコールと電話消費者保護法による規制」
2024年は世界的な選挙イヤーであり、世界の64ヶ国で国政に関する選挙が行われることになっている。その中には、1月に行われた台湾の総統選挙、3月に行われたロシアの大統領選挙のほか、11月に行われるアメリカの大統領選挙など、世界的に注目を集めるものが少なくない。アジアでは、2月に行われたインドネシア大統領選挙のほか、インド、パキスタン、バングラデシュ、韓国で国会議員選挙が予定されている。
その際、懸念されているのは、生成系AIを利用して生成された候補者等の動画像がネガティブキャンペーンや世論誘導のために大量にインターネット上(特にSNS上)に流布されることであり、早くも実際に生成系AIを利用した虚偽の情報が流布されるという事件が2024年1月23日に行われたアメリカ大統領選挙のニューハンプシャー州予備選で発生した。
アメリカでも、選挙の際には自動ダイヤルシステムによって電話をかけて、自動再生音声によって支持を呼びかけることが多く、ロボコール(robocall)と呼ばれている。ニューハンプシャー州民主党予備選挙に際しては、バイデン大統領が話しているように聞こえる音声によって、予備選に参加しないように呼びかけるロボコールが何者かによって行われた。実際の音声は、下記のウェブサイトで聞くことができる。
https://www.youtube.com/watch?v=FCs_zFbkf0M
当該ロボコールについては、現在ニューハンプシャー州司法当局がニューハンプシャー州選挙法に違反する可能性があるとして捜査中であるが、その後、資金を提供し当該ロボコールを作成させたという選挙コンサルタントが現れた。Steve Kramerというコンサルタントが、Paul Carpenterというマジシャンを雇って当該の音声を作成させたと告白したのである。本人は、ニューハンプシャー州予備選の結果に影響を与えることをねらったわけではなく、生成系AIの危険性を世間に訴えたかっただけだと釈明しているという。
さてこの事件の発生を受けて、まっさきに動いたのは、連邦通信委員会(FCC)である。2月8日、FCCはプレスリリースを発出し、AIを利用して作成した音声によるロボコールは違法であると明確に判断した。
https://www.fcc.gov/document/fcc-makes-ai-generated-voices-robocalls-illegal
FCCがAIを利用するロボコールを違法としたのは、電話消費者保護法(Telephone Consumer Protection Act, 47 USC § 227)に違反すると判断したためである。本法は1991年に施行された連邦法であり、電話消費者保護法は、電話勧誘電話や自動ダイヤルシステム、人工的または録音された音声メッセージの使用を制限している。またFCCの規則では、テレマーケティング業者は消費者にロボコールをかける前に、事前に書面による明示的な同意を得ることも義務付けられている。
FCCは、AIが生成した通話音声についても、従来の電話勧誘電話や自動ダイヤルシステム、人工的または録音された音声メッセージの使用等と同様に規制対象となることを明確にしたのである。
ところで、日本の公職選挙法でも電話による選挙運動は認められており、電話による投票依頼は、選挙運動期間中(立候補の届け出受理後から投票日の前日まで)は自由にすることができるとされている。その際に自動ダイヤルシステムを利用したり、自動再生音声によって候補者や政党への支持を呼びかけたりすることは特に規制されていない。
近年は、固定電話を自宅で利用する人が減っていることや、知らない番号からの携帯電話への着信には出ない人が増えていることから、電話による投票依頼の効果が薄くなっているので、電話による選挙運動は減っているといわれる。しかし、ニューハンプシャー州予備選におけるロボコールのような問題は、日本でも生じうることは認識しておく必要があるだろう。
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