第830号コラム:手塚 悟 理事(慶應義塾大学 グローバルリサーチインスティテュート 特任教授)
題:「ウクライナ情勢から学ぶこと」

 昨今の世界情勢を概観すると、ここ数年に渡る米中の覇権争いが激しさを増してきた中で、2022年2月24日からロシアのウクライナ侵攻が始まり、早2年半が過ぎようとしている。現在はロシアとウクライナの間で一進一退の攻防が続いている。
 また一方、2023年10月7日にパレスチナのガザ地区を実質統治しているハマスによりイスラエルに対する前例のない攻撃が開始され、戦闘は終わりが見えない。
 このような世界情勢の下、我が国の周辺では、中国による台湾への侵攻、いわゆる我が国の周辺で起こるであろう課題が相当な確率で起きようとしている。
 そこで、特にウクライナ情勢を学ぶことで、我が国の周辺で起こるであろう危機に対する我が国の備えを早急に構築する必要がある。

 2014年3月18日に、ロシアによるクリミア併合が行われた。この時ロシアは従来の軍事的手段による攻撃だけでなく、重要インフラである電力システムや通信システム等へのサイバー攻撃を行うハイブリッド戦争をしかけた。
 ウクライナの重要インフラである電力システムや通信システムは、基本的には旧ソビエト連邦時代のシステムである。ロシアからすると簡単に脆弱性を検索し、サイバー攻撃を行うことができた。そのため、ハイブリッド戦を制することができた。簡単にクリミアを併合できたのはこのような理由による。
 しかし、2022年のウクライナ侵攻では、ウクライナはクリミア併合時のハイブリッド戦の二の舞を演じないように、米軍、米国のNSA(National Security Agency)、さらには民間企業にも支援してもらい、ウクライナ侵攻の以前に、旧ソビエト連邦のシステムを米国やEUのシステムに変更していた。 これにより、ロシアがサイバー攻撃をウクライナに仕掛けても、クリミア併合時のように、簡単に脆弱性を見つけ攻撃することができなかった。これが、正に現在に至るまで、ロシアが苦戦している要因の一つであると言えよう。
 筆者が2月24日当日のニュースを見る時のポイントとしては、ウクライナの風景が映し出されたとき、特に夜においては、周りの家々の電気が消えていないかに注目していた。映像で見るウクライナの町は、電気の明かりは消えておらず、大停電が起きていないことを認識した。それはつまり、ロシアのサイバー攻撃がうまくいかなかったことを意味していたのである。このことにより、ライフラインとしての電力がいかに重要であるかを思い知らされた。

 経済安全保障は、重要インフラを運営している民間企業が主導して実現する。ライフラインとしていかに実現するかが鍵となる。特に、我が国においては、電力、通信、鉄道、金融、医療等の14分野が指定されていたが、2023年7月4日、名古屋港でランサムウェアのサイバー攻撃が起き、極めて甚大な影響が出たことから、新たに港湾分野が追加され、現在は15分野が重要インフラシステムとなっている。我が国の周辺で起こるであろう課題に備えて、重要インフラシステムを防御し、より強靭な重要インフラを我が国に構築することが急務である。
 特に、我が国の重要インフラ15分野において、あえて優先度をつけるのであれば、ウクライナ情勢からの学びから、第一優先は電力である。電力が停止しなければ、通信は止まることがないので、我が国の中はもとより、世界との情報連携も実施されて、何が起こっているのかをいち早く情報共有できる。もし、我が国の周辺で危機が起きた際には、同盟国・同志国との連携が図られることで、我が国の国家安全保障にもかかわることになる。

 最後に、「「ウクライナ情勢から学ぶこと」」は、国民のライフラインである重要インフラをいかに止めずに継続して運営するかである。今後、我が国の周辺で起こるであろう危機に対しても、我が国の重要インフラをどのように守るのかを早急に検討する必要がある。

以上

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