第834号コラム:北條 孝佳 理事(西村あさひ法律事務所・外国法共同事業 パートナー 弁護士)
題:「史上最大規模の暗号資産流出事件と組織的犯罪処罰法」
1 はじめに
これを読まれる方の大半は、2018年に発生した史上最大規模の約580億円相当の暗号資産が流出した事件(以下「暗号資産流出事件」という。)をご存じであろう。この事件の犯人は捕まっていないが、関連する取引を実行した複数人が摘発され、1件は最高裁で有罪が確定し、少なくとも2件は2024年7月末時点で裁判中である。この裁判の争点の一つは、サイバー犯罪特有の国外が絡む問題であるため紹介する。
2 暗号資産流出事件
暗号資産流出事件は、2018年1月26日午前0時2分から午前8時26分までの間に、暗号資産取引所(以下「D社」という。)が外部からのハッキングを受けたことによって、5億2,630万10XEM(約580億円相当)の暗号資産「NEM(ネム)」が不正に流出された事件である。なお、XEMはNEMの単位である。
この不正流出後、2018年2月7日午前0時12分頃、犯人又はその関係者らによって匿名ネットワークに暗号資産の交換所(以下「ダークウェブ交換所」という。)が公開されたことにより、NEMをビットコイン等で購入できるようになった。ダークウェブ交換所で対象となっていたNEMは、不正に流出されたNEMアドレスから直接又は別のNEMアドレスを介して、14個のNEMアドレスに移転した流出NEMであった。
この取引に応じた者らは、組織的犯罪処罰法11条の犯罪収益等収受罪として31人及び1法人が摘発され、13人と1法人が起訴、14人が略式起訴、4人が不起訴となった(※1)。そのうち、判決文又は判決要旨が取得可能な事件は以下の3つである。
①被告人Aは、約1,268万5,702XEMを収受したとして、犯罪収益等収受罪により起訴され、令和3年3月24日東京地裁判決(LEX/DB25590382)及び令和4年6月23日東京高裁判決(判例集未搭載)において有罪判決が言い渡された(※2)。本件は上告中である(最高裁令和4年(あ)第1059号)。
②被告人Bは、約6,132万2,625XEMを収受したとして、犯罪収益等収受罪により起訴され、令和3年7月8日東京地裁判決(LEX/DB25590771)及び令和4年3月22日東京高裁判決(LEX/DB25596696)において有罪判決が言い渡された。本件も上告中である。
③被告人Cは、約2,362万6,094XEMを収受したとして、犯罪収益等収受罪により起訴され、令和4年3月23日東京地裁判決(2022WLJPCA03236021)、令和4年10月25日東京高裁判決(2022WLJPCA10256008)及び令和6年7月16日最高裁判決(最高裁Webサイト)を経て有罪判決が確定した(※3)。
3 組織的犯罪処罰法11条
組織的犯罪処罰法11条は、犯罪収益等収受罪を規定している。
(犯罪収益等収受)
11条 情を知って、犯罪収益等を収受した者は、7年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。(略)
ここで、「犯罪収益等」とは、「犯罪収益、犯罪収益に由来する財産又はこれらの財産とこれらの財産以外の財産とが混和した財産」(同法2条4項)をいい、「犯罪収益」は、同条2項に、財産上の不正な利益を得る目的で犯した一定の犯罪行為(前提犯罪)により生じ、若しくは当該犯罪行為により得た財産又は当該犯罪行為の報酬として得た財産(同項1号)と定義されている。また、この前提犯罪の一つに「死刑又は無期若しくは長期4年以上の懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪(略)」(同号イ)が規定されている。
この前提犯罪が処罰対象でなければ、そもそも「犯罪収益等」に該当しないため、犯罪収益等収受罪も成立しないことになる。
4 争点
前述の裁判例の争点は複数あるが、そのうちの1つとして、前提犯罪が「国内犯」であるかどうかが争われ、①の事件では地裁が国内犯と認め、控訴審では争点にならず、②の事件では地裁が国内犯と認め、控訴審でも争点になったが、高裁も国内犯と認めた。この争点はやや複雑であるため説明する。
前述したとおり、犯罪収益等収受罪の対象となる犯罪収益といえるためには、前提犯罪が処罰対象となる必要がある。暗号資産流出事件は、D社から盗み出した秘密鍵を用い、D社のNEMアドレスから、氏名不詳者のNEMアドレスへNEMが移転され、本件移転行為が電子計算機使用詐欺罪に該当すると③の最高裁では判断した。
ここで、電子計算機使用詐欺罪の懲役刑は10年以下であり、前述の長期4年以上の懲役の刑であるから前提犯罪に該当するとも思われる。しかし、サイバー犯罪の特殊性から、前提犯罪の実行犯が特定できておらず、日本国外において犯罪を実行した可能性も排除できない。すなわち、前提犯罪を実行した場所を特定できない場合は、組織的犯罪処罰法2条2項1号カッコ書きの「日本国外でした行為であって、当該行為が日本国内において行われたとしたならばこれらの罪に当たり、かつ、当該行為地の法令により罪に当たるものを含む。」とする「当該行為地」が特定できず、「当該行為地の法令により罪に当たる」かが不明であることを意味するから、同号カッコ書きの適用がないことになる。
よって、前提犯罪である電子計算機使用詐欺罪が日本国内で行われたと認められなければ、犯罪収益等収受罪自体が成立しないことになる。
ある犯罪が日本国内で行われたかどうかについて、犯罪を構成する事実の全部又は一部が日本国内で生じた(明治44年6月16日大審院判決、平成26年11月25日最高裁決定)と認められれば国内犯とされることから、構成要件該当事実の一部をなす行為だけではなく、構成要件該当事実の一部である結果が日本国内で発生した場合にも、日本国内で罪を犯した国内犯と解されることになる。
本件の前提犯罪は電子計算機使用詐欺罪であり、暗号資産の移転行為は国外で行われた可能性が否定できないが、結果としての「財産権の得喪」が国内で発生したのであれば、国内犯として処罰対象となる。
5 国内犯性の検討
前提犯罪の国内犯性を検討する前に、①の東京地裁で認定されたNEMの仕組みを説明する。
暗号資産NEMの取引等は、NEMアドレスを介した送受信により行われ、NEMの取引情報は各NEMアドレスに紐づけられた各アカウント残高に反映される。NEMアドレスはデジタル署名の公開鍵を基に作成され、公開鍵とペアになる秘密鍵(署名鍵)を持たなければNEMを送信することができない。また、NEMアドレス間で取引が行われると、取引日時、取引数量、送受信アドレス等の情報が電子データとして発行され、この取引情報を「トランザクション」という。発行されたトランザクションは、NEMのネットワークにおけるブロックチェーンの管理等を担うサーバであるNISノードによる機械的な承認処理を経て、他のトランザクションとともに一つのブロックにまとめられ、全てのブロックがつながることでブロックチェーンが構成される。
NISノードのNISはNEM Infrastructure Serverの略であり、このNISノードはNEMネットワークの取引情報であるトランザクションの承認処理を行うサーバである。
NEMネットワークにおけるブロックチェーンには全ての取引履歴が記録され、複数のNISノードが連携してブロックチェーン情報を共有することで、ブロックチェーンに組み込まれている個々の取引履歴の改ざんを困難にし、正確な取引記録の保持が図られている。なお、NISノードのうち、回線速度が一定値以上であり、管理者が300万XEMを保有していること等、所定の条件を満たしたNISノードはスーパーノードに昇格することができ、スーパーノードはNEMネットワークを維持するために全てのブロックチェーン情報を常時共有している。
この仕組みを前提に、①の東京地裁は、「氏名不詳者らは、暗号資産NEMにつき、D社が管理するNEMアドレスから自身の管理するNEMアドレスに移転させる旨の虚偽の情報を与え、不実のブロックチェーン記録を作出しているが、…ブロックチェーン情報はすべてのスーパーノードにおいて共有されるところ、…本件前提行為時、スーパーノードのうちの少なくとも1台は東京都23区内に所在し、稼働していたことが認められるから…、構成要件の一部である結果が日本国内において発生した」(略称につき本稿に沿うよう筆者にて変更)として前提犯罪は国内犯になると判断し、控訴審では争われなかった。
②の東京高裁においても、「NEMネットワークにおいては、NEMの取引等が実行され、NEMの移転に係る情報(「トランザクション」)が作成されると、同情報がノードによって承認された上、この承認された情報が全ノードにブロックチェーンとして共有・保存されることにより、NEMの移転という権利の得喪が確定するというシステム」であるとして、NEMのネットワーク構成を①と同様に認定した。その上で、①と同様に、権利の得喪は、承認された情報が全てのスーパーノードに共有される必要があり、共有された結果、NEMが移転することになるとしている。そうすると、NEMの移転情報を承認する処理が国外で行われたとしても、承認情報が国内のスーパーノードにも共有され、保存されたときに、承認された情報のとおり、NEMが移転するという権利の得喪が確定したことになるため、電子計算機使用詐欺罪の構成要件該当事実の一部である結果が日本国内で行われたことから、国内犯性を認めた原判決の認定、判断に事実の誤認及び法令適用の誤りは認められないと判断した。
なお、弁護人は、第一審において、トランザクションの生成、承認が全て国外で行われた場合にも、日本国内にノードが1つあるだけで全て国内犯となるのは不合理である旨を主張したが、東京地裁は、「弁護人指摘の各行為がどこで行われたか把握し難い暗号資産の取引の性質を踏まえれば、不合理な法の適用による処罰であるとはいえない。」として認めなかった。
6 まとめ
以上、解説したとおり、暗号資産流出事件において、前提犯罪が国内犯であることを認定するため、NEMアドレスに移転された情報が、国内に所在するスーパーノードを含む全てのスーパーノードに共有され、保存されたときに、権利の得喪が確定することになるとして国内犯であると認定している。しかし、この構成はやや技巧的である上に、暗号資産の特質上、国内犯の範囲が広がるようにも思える。また、スーパーノードとされているサーバが停止すれば、国内犯とはいえなくなる可能性もある。他方で、前提犯罪が国内犯と認められるのであれば、国内にスーパーノードが設置されている限り、同様の犯罪を国内犯として処罰し得ることにもなる。
③の最高裁判決では、国外において、不正に入手した秘密鍵で署名してNEMの移転行為に係るトランザクション情報をNEMのネットワークに送信した行為は、電子計算機使用詐欺罪における「虚偽の情報」に該当すると判断されたが、国内犯性に言及されなかった。前述の①及び②の上告審において、国内犯性に言及されるか注目したい。
(※1)2021年2月9日、日経新聞「流出NEM巡り13人起訴 東京地検、犯罪収益収受罪」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODG097CU0Z00C21A2000000/
(※2)「コインチェックNEM収受事件の裁判経過」
https://note.com/cc_prosecuted/n/n2c8e1d84ae28
(※3)令和6年7月16日最高裁判決(最高裁Webサイト)
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=93213
以上
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