第840号コラム:和田 則仁 理事(神戸大学大学院 医学研究科医療創成工学専攻 特命准教授)
題:「手術支援ロボット」

多くの方は手術支援ロボットのda Vinciをご存知でしょう。初期のモデルは2000年に日本に入りましたが、新しいモデルは2008年に輸入され、2012年から前立腺全摘で保険適用となりました。ロボットといっても工場の産業用ロボットのように、ロボットが自動的に動いて手術をするわけではなく、術者がロボットアームを直接操作して手術が行われます。ロボット支援手術は、牛丼とは異なり「遅い」、「高い」ことが特徴です。腹腔鏡手術とロボット支援手術を比べたランダム化比較試験はいくつか報告されていますが、すべての試験でロボット支援手術はコストが高く、手術時間もロボット支援手術で延長することが示されています。もちろん牛丼の「美味い」に相当する「上手い」が証明されれば、コスト高で手術時間が長くても許されるといえますが、手術の成績(アウトカム)は両者で同等となることがほとんどです。なぜなら、腹腔鏡手術とロボット支援手術は、道具の違いだけで、体内でやっていることはほぼ同じだからです。
ではなぜロボット支援手術が普及してきているかというと、精緻な手術ができるからです。まず人の眼に相当する内視鏡が、3D・高精細で術野がよく見えます。人間の助手が持つ内視鏡は画面がブレるのですが、ロボットは震えることはありません。また術者自身が視野をコントロールするため、自分の思う通りの場面が展開されます。さらに手に相当する鉗子は、腹腔鏡では鉗子先端は上下、左右、挿抜、回転、開閉の5自由度の動作になりますが、ロボットではこれにピッチとヨーが加わるため7自由度となり、手首のように自由に、また腹腔鏡よりも強い力で動かすことができます。手ブレも補正されます。そうなると、すべての外科医にとって、ロボットの方が上手に手術ができるわけです。外科医という職人にとっては、当然いい道具を使いたいわけで、一度ロボットを始めてしまうと、もう腹腔鏡には戻れない、というのが本音です。しかし、どんなにきれいな手術をしたとしても、例えば癌の5年生存率などのアウトカムで優位性が示されていないため、患者さんにとってのメリットは不明確です。
泌尿器科は、前立腺全摘や腎部分切除で保険適用となっており、ロボット加算も付くため、一番広く普及しています。これはランダム化比較試験で、術後の排尿機能が良いことが示されたため、認められました。消化器外科では、加算が付くのは胃切除のみ(生命予後の改善が認められたため)で、他の術式では保険適用になっているとしても診療報酬は腹腔鏡と同じであるため、病院としてはロボットの消耗品代や減価償却費を考えると大赤字となるため、普及の障壁となっています。ただし、問題はコストだけなので、ロボットの価格が下がれば、徐々にロボット支援手術の比率は高くなっていくと思われます。da Vinciの基本特許が切れた2019年以降、日本製のhinotori(メディカロイド社製)をはじめ、支援手術ロボットの選択肢が増えました。複数社間の競争が生まれたことでコストも下がってくることが期待されます。1990年に始まった腹腔鏡手術ですが、30年かけて開腹手術のほとんどが腹腔鏡下に実施可能となりました。同様に、10年程度で腹腔鏡手術のほとんどがロボット支援手術に置換されると思われます。
手術支援ロボットは、遠隔サポートを行うため、IoTになっています。そうなると、ロボットがハッキングされて、悪意を持った外部の者が、手術の妨害をしたり、勝手に手術を行ったりする懸念が出てきますが、さすがにこれはできないようになっているらしいです。しかしログデータはいろいろとありまして、宝の山と言われています。莫大な手術のデータをどう活用して新たなビジネスを創出するかが、今後の手術のあり方を変えてくる可能性がありそうです。ロボット支援手術ではアメリカに出し抜かれた感がありますが、日本もようやく独自のプラットフォームを持ったので、次世代の手術では独自の分野で強みを発揮できるように、官民挙げて取り組んでいく必要があると言えるでしょう。産業用ロボットも内視鏡も、もともと日本が強い領域です。また日本の外科手術の技術も国際的に高い評価を得ています。その強みを活かしてこそ日本の発展があると思われます。

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